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妖精の系譜 №12 [文芸美術の森]

アーサー王伝説のフエ

        妖精美術館館長  井村君江

 アーサー王伝説の誕生

 中世の韻文ロマンスやバラッドの中には、主人公であるすぐれた才能をもった英雄、騎士、詩人たちが、妖精の女王に異界に連れ去られその楽園で永遠に暮らすか、もう一度この世に戻ってくるという話が多くみえていた。異界である妖精の国、あるいは常若の国で永遠に暮らすということは、永遠の生命が与えられる、英雄は不死であるという象徴的な表現でもあり、湖の精や妖精の女王にアヴァロンの島に連れていかれたアーサー王は、その典型といえるであろう。
 アーサー王の物語は伝説のさまざまな霧に覆われて、イギリス、フランス、ドイツ各国に幾世紀にもわたって語りつがれてきたが、その神秘的な謎めいた部分を形づくっているのが、目に見えぬ魔法使いマーリンや湖の妖精モルガン・ル・フェ、ダーム・デユ・ラック、ニーニアン(ニミュエ)たち超自然の存在であろう。アーサー王と円卓の騎士たちと、この超自然のものたちの二重構造の世界における代表者は、アーサー王と彼の「黒幕(エミナンス・グリズ)」的存在の助言者で魔術師のマーリンである。二人は一つの世界をポジとネガのように構成しているが、アーサーを「スーパー・エゴ」(上位自我)とするなら、マーリンは「イド」(無我意識-個人の本能的な衝動の源泉である無意識の層の自我
(エゴ)の基礎をなす衝動)といえる。マーリンは魔法で父王の姿を変えてアーサー王を誕生させ、騎士のために円卓を作り、始終アーサー王の行動を規制する。アーサー王の世界を、この目に見えぬマーリンの意志が潜在的原動力となって中からすべてを突き動かしているともいえよう。
 アーサー王の最初にして唯一の史的な記述は、紀元八〇〇年頃にネンニウスというウェールズの修道僧が書いた『ブリトン人の歴史』であるが、それは「ブリトン諸王と力を合わせて戦ったアーサーという名の戦闘指揮官(ドウクス・ベロールム)がいた」というもので、ここでは王とはなっていない。
 一一二六年に書かれたウェールズ人モンマスのジェフリーの『ブリテン王列伝』には、アーサー王の生涯が簡潔に描かれており、のちのトマス・マロリーの『アーサー王の死』はこれを骨子にしている。モンマスの書で初めてマーリンが誕生から描かれ活躍をみせるのであるが、その魔術によってアーサーはこの世に生を享けたことになっている。アーサーの父ユーサー・ペンドラゴンは、コーンウォールのティンタージェル公ゴーロイスの美しい王妃イグレーヌに想いを寄せ、斥けられて戦いとなるが、マーリンの魔法の力でユーサーはイグレーヌの夫に姿を変え、王妃と結ばれアーサーが誕生する。これはアーサーの生誕には超自然的な力が深く関わっていたことを示し、またこのことは超人的能力をもった英雄は、普通の男女の関係からは生まれず、この世の論理の逸脱したところから生まれてくる、そのため並はずれた力を持ち、常人とは異なる運命を辿ることになるということを初めから物語っているようである。人間界と超自然のものとの橋渡しの役を務めたのが、魔法使いマーリンである。
 一一五五年ノルマンの詩人ヴァースが、このFブリテン王列伝』をフランス語の韻文に訳し『プリュ物語』になるが、これが再びイギリス人の詩人であるラヤモンによって二一〇〇年頃英訳され、『ブルート』となってイギリスへ帰ってくる。この中にアーサー王の誕生のときエルフたち(alue=elves)が赤子を祝福しに現われ、抱き上げ、魔法をかけて三つの贈り物を与える記述がみられる。

  選ばれし時は来た、
  かくしてアーサーは生まれた。
  この世に生まれるとすぐに、
  エルフたちは彼を連れて行った。
  非常に強い魔法を幼児(おさなご)にかけた、
  彼らはアーサーに力を与えた、
  騎士のなかの騎士になるように、
  もう一つは、豊かな王になるように、
  彼らは三番目のものを与えた、
  久しく長く生きることを。
  彼らはアーサーに、
  王としての最高の徳を与えた、
  それでアーサーは生けるもののなかで、
  もっとも寛大な者となった。
  これがエルフたちがアーサーに与えたものであり、
  このようにして幼児(おさなご)はりっぱに育っていった。

 このエルフたちは湖の妖精ではなく、チュートン系のエルフであり、のちの伝承物語『眠りの森の美女』や『いばら姫』などに現われ、赤子の誕生を司。、贈り物をする鮮画第㌢配那霜雪または名付け親という性質を早くもみせている。
 ラヤモンはサクソン人であるので、アーサー王をより理想的なブリテンの国王にするため、魔法使いマーリンやモルガンたちと関係をもたせる前、出生というこの世での第一歩のときに、古代のチュートン・サガのエルフたちと関わりをもたせたようであり、最後に傷ついたアーサー王をアヴアロンの島に小舟で連れていくのも、意図的にエルフのアーガンテにさせたようにとれるのである。

  さればわれはアヴァロンへ去ろう、
  女性のうちでもっとも美しきひとの許へ、
  女王アーガンテ、
  もっとも美しきエルフの許へと。
  わが傷をかのひとは癒さん、
  回復薬によりて、
  わが健康を戻してくれよう。
  しかるのち、再びわれは戻らん、
  わが士園へ、
  そしてプリトン人たちと暮らそう、
  溢れんばかりの楽しさのうちで。

 ジェフリーの『ブリテン王列伝』では、アーサー王は傷を癒すためにアヴァロンの島へ去ったとしか書かれていないが、ラヤモンではエルフがアヴァロンの島に連れていったことになっており、マロリーなどのちの物語では、モルガン・ル・フェやニミュエ、ノースガリスの女王など湖の妖精たちがアヴァロンの島へ小舟で傷ついた王を運んでいくことになっている。アーサーの出生にも最期にも、超自然のものの力が大きく作用しているわけである。

《妖精の系譜』 新書館



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