SSブログ

日本の原風景を読む №34 [文化としての「環境日本学」]

4 野鳥一文化としての野鳥2

  早稲田大学名誉教授・早稲田環境塾塾長  原 剛
 
銃猟と近代農法に滅ぼされた朱鷺

 一九五〇年代末に本格化した高度成長経済の時代に、トキの体内から高濃度の農薬成分が検出された。その影響と思われる卵殻の薄い「軟卵」が、しばしばふ化しないままに見つかった。ドジョゥやタニシなど生き餌を恵んできた山あいの階段状の水田、棚田は農業の不振で耕作が放棄された。
明治の「銃猟」に続き、現代の環境荒廃がトキの生息域を壊滅させた。だが、時代は確実に変わった。
 本書カバーに掲載された稲田の開放水面から飛びたつトキの写真は、各方面から注目されている。新装なったまjR東京駅のステーションギャラリーでも展示された。稲田は生産過剰・減反、コメ市場の自由化を経てようやく農薬と化学肥料の投入を控えるに到った環境保全型の水田である。この写真はトキが生息可能な環境の条件を端的に示している。
 一九八一年、環境庁(当時)は最後まで野外に生息し続けていた佐渡のトキ五羽を捕獲して人工繁殖を試みた。だがヒナはかえることなく、環境省佐渡トキ保護センターは、中国から供与された五羽による人工ふ化の試みを一九八五年から続けてきた。二〇〇八年以来、6年連続で通算一九回、三二七羽が放鳥された。二〇十七年には六年連続して野生の環境でヒナが誕生した。二〇〇八年以来の環境省による放鳥と環境保全型農法へ地域ぐるみ転換の努力が実り、二〇一六年四月、四〇年ぶりに放鳥ペアから野生のトキが誕生した。二〇一八年現在、三七二羽が野外で生息している。
 二〇〇八年、訪日した中国の江沢民国家主席から天皇に贈られた、雄のヨウヨウと雌のヤンヤンの子孫たちだ。
 佐渡市新穂正明寺に設けられた環境省の「朱鷺野生復帰ステーション」では、自然界への放鳥に備え、人との触れ合いに馴れさせる訓練が行われている。例えば第一ステージでは、双眼鏡片手の女性観察員が近づく。次いでケージ内の棚田で男性が草刈り作業を披露する。
 二〇一八年十月には二羽が放たれた。
 「二〇〇八年以来、地元農家が『生き物を育てる』ためのコメつくりに取り組んでいる。利便性を追い求めた農業からの転換だった。トキの餌となるドジョウやミミズが生息出来るよう農薬を減らし、中干しをして周りの水辺に生き物が逃げ込める水路を作った。冬は田んぼに水を張って湿地の姿にし、年間通して生き物が生息する環境とした。田んぼと水路を結ぶ魚道、隣接するビオトープ整備、どれだけ田んぼに生き物がいるかの調査……。生き物を育む農法は各地に広がった。トキと共生する田んぼから収穫された米は、消費者に高く評価されている」(『日本農業新聞』一面コラム「四季」、二〇一六年四月三十日)。
 もうかる農業へ、作物の選択的拡大と経営規模の拡大を柱とする農業近代化(農業基本法農政)とは真逆の社会現象である。
  日本の原風景からトキが消えることの「心」への影響は軽視できない。わたしたちはトキの羽のあの絶妙な色合い、優美な舞い姿、トキが舞う森林の精気、トキのいる里の人々の暮らしなどから感動を得る機会を失ってしまうだろう。それは、喜び、恐れ、悲しみ、祈りなど、人が生きていくエネルギーの根源となるはずのものではないか。
 カッパ伝説の主ニホンカワウソの絶滅の道は、川遊びの〝ミズガキ″の歓声が消えていった記録でもあった。
 「自然の荒廃は、国民の士気と倫理を低下させる」。絶滅した日本産トキに、アメリカ合衆国環境教育法の冒頭の句が思い浮かぶ。

原日本の原風景.jpg
本書カバー写真

朱鷺と暮らす郷づくり認証米

 トキの主なエサは田んぼにいるタニシ、カエル、ドジョウである。二〇〇八年、佐渡市は農薬と化学肥料の使用量を慣行栽培よりも五〇パーセント以下に減らす「朱鷺と暮らす郷づくり」認証制度を米、づくりに設けた。
 冬の田への潅水、魚や生きものが集う場作りなど「生きものを育む技術」により生産された米に「朱鷺と暮らす郷づくり認証米」のラベルを貼り、五キロ三千円から三五〇〇円の高値で販売されている。トキとの共存のための費用を分担する環境支払が、都市の消費者にも受け入れられつつある。

佐渡に暮らす幸せとは

 「佐渡トキの田んぼを守る会」の斎藤真二即会長は、ブータンを訪れ、仏教思想に基づくGNH(国民総幸福貴、グロス・ナショナル∴ピネス)の社会を見てきた。近代化と共に国民が物欲をふくらませている矛盾は感じられるが、なお「GNH」の思想に私たちは学ぶところが少なくない、と斎藤さんは言う。GSH(佐渡総幸福竜、グロス・サド・ハビネス)を合言葉に、トキと共生する社会を佐渡に築きたい、と佐藤さんは願っている。
 佐渡の水田九二〇ヘクタールのうち六〇〇〇ヘクタールが「生き物を育む郷づくり」の認証を受けている。二〇一二年、地域の水田稲作は国連食糧農業機関(PAO)から世界で九番目、先准国では初の世界農業遺産に認定された。地域に合った営農方法を通して、自然と人が共生している地域として評価された。
 原風景の復活への努力である。

『日本「原風景」を読む~危機の時代に』 藤原書店



nice!(1)  コメント(0) 

nice! 1

コメント 0

コメントを書く

お名前:
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。