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梟翁夜話 №95 [雑木林の四季]

「カラオケの転調」

          翻訳家  島村泰治

世の中には奇特な人がゐるものである。歌の伴奏にピアノを弾ゐてくれる、それも曲名やキーなどを注文通りに応じてくれる人たちがネットにゐるのだ。3年ほど前、歌好きの私はそのお一人に例の「この道」をホ長調で、とお願ひして弾ゐていただいた。女性の方だったから、フレイジングも表現も申し分なく、以後その音源で自前の「この道」を拵へては楽しんでをる。

このほどホームペイジに「戯れ唄草紙」なるカテゴリーを新たに設けたことで、その記事の一環に歌探しをしていた折、ある旋律を思ひ出した。幼時に学校で上級生が歌ってゐた「四季の雨」と云ふ唱歌だ。大正時代の代物で、えらくレアな歌なのでサイトに音源がありやなしや、漁ってをるとひとつシンセっぽい伴奏が見つかり、試みに歌ってみるとこれがとんだ代物、無機的でとても歌ふ気にならない。

そこで例の女性の方にサイト上でお願ひして、今か今かと返事を待ったが、何の事情かなしの礫(つぶて)。そこで他の方がおられようかと探したところ、運よくもうお一人のご奇特なピアニストを見つけた。早速頼んでみてまた驚いた。この方(女性)はさらに幅広いレパートリーでピアノ伴奏に応じておられた。抒情歌ばかりか巷に流行ってをるポピュラー曲も扱っておられるではないか。世間は広い。奇特なご仁は結構をられるのだ。

早速に頼めば一の二もなく快諾された。しばし経って頂いた伴奏は何とも快適なもの。曰く、初めて聴くが詩と音楽の類まれな融合だとさえ褒め称えるではないか、佳き音楽は聴く耳を持つ者には沁みるものだ、と。この伴奏を、以後折々に鳴らしては悦に入ってをる。

この二つの経験から、私の視野がぐんと広がった。どちらも日本人のピアニストたちのお世話になったのだったが、もしや、国外でも似たやうなピアノ伴奏を提供してくれる国際的な奇特なご仁がをられるのではないか。Googleで英語で検索してみれば左の通り、某サイトがすぐ見つかり、リートからオペラものまで、実に充実したそのサイトに、私は大袈裟でなく興奮したのである。

そこでは、シューベルトからシューマン、ウルフからスカルラッティの小品まで、何百という代表曲が網羅されてゐたのだ。ここに至って私の“歌唱欲”は俄かに深まった。いっそのこと、好きなシューベルトのいくつかに取り組んでみやうか。みれば、「セレナーデ」が調を分けてあるではないか。「菩提樹」、「野薔薇」、「子守唄」。それに、何と「鱒」も「魔王」までもある!

私の唄ふ習慣はこれで豹変した。流行りのカラオケで抒情歌などを嗜み、興じれば三橋美智也などを口遊んでをったが、ここにきて真面なリートものに鞍替えしたのである。先ずはハ短調で「セレナーデ」を試み、改めてシューベルトの旋律の天才に感激する。「野薔薇」を軽快に歌ひ分けて悦に入る。いま、フィシャー・ディスカウを聴き込んでは我流の「菩提樹」を拵へる醍醐味に味はってをる。「鱒」も楽譜読みに入ってをり、かくてわがカラオケ文化は転調して別世界に入った。

老境に入って体調管理が肝要になってをる。何年か前に埼玉医大病院で声帯の一部に漏れがあると言われ、そのために始めたカラオケだったが、それが転調したいま、声帯の維持から嚥下対策まで、上手い習慣が育って来たものだと、にんまりとしてをる次第だ。


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