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妖精の系譜 №10 [文芸美術の森]

 英雄妖精の特徴 1

       妖精美術館館長  井村君江

『詩人トマス(トマス・ザ・ライター)』は、一二二〇~九七年頃スコットランドに実在したといわれる詩人・予言者であるエルクドゥーンのトマスを主題にしたバラッドである。十四世紀に書かれたと推定されるが、十五世紀の写本がいくつか残っている。中世のロマンスである『エルクドゥーンのトマス』にもとづいているといわれるが、『正直トマス』としてもバラッドの形で残っている(チャイルド編バラッド集では37番のA)。また十六世紀から数世紀にわたり、『チヤップブック』の小型本としていろいろ改作されながら広く人々に読まれていった。トマスは、トマス・リアモンド、あるいはトマス・リムールという名でも記録されている。
 詩人トマスを恋した妖精の女王が彼を連れ去り七年間とどめておき、地獄の貢物に彼をとられることを恐れて、人間界に帰した。その時嘘のつけぬ舌と、詩の才能と、予言の才能を授けた―というのが物語の筋である。チャイルドが収録している『正直トマス』のバラッドは、余分な箇処が省かれ簡潔にその物語を伝えているので、初めと終わりの四連を掲げておこう。

 正直トマスが、ある草茂る川岸で
 横になっているとき、美しい婦人に出会った。
 きびきびした物腰と毅然とした態度の婦人が
 羊歯(しだ)生い茂る山辺を馬に乗ってやって来たのだ。

 婦人の服は草と同じ緑の絹、
 マントはすばらしいベルベット、
 馬のたてがみの房ごとには
 五十九個の銀の鈴がついていた。
    (中 略)
 「だけどトマスよ、決して口をきいてはなりません、
 たとえ何を見ても、何を聞いても。
 もしひと言でもしゃべったならば、
 二度と国へは帰れません」

 トマスはもらった、美しい布のコートと
 ビロードの緑の靴とを。
 そして七年間が過ぎ去るまで、
 正直トマスは地上に姿を見せなかった。

 詩人トマスが妖精の国から帰ったあとの話が、伝承物語ではさまざまな形で伝わっている。ウォルター・スコットの『スコットランド国境地方の吟唱詩歌集』では、詩人トマスはそのあと何年もエルクドゥーンで暮らし、妖精の女王から与えられた予言の才能のために、スコットランド中で名を知られた。しかしある日雌鹿がトマスを迎えに来て、そのあとについて妖精の国へ行ってしまい二度と戻ってこなかったが、妖精の国へ行けば今でもトマスに会えると話は続いている。プリッグズが『妖精の国の住民』で書いている結末はこうなっている。

 二頭の雌鹿がトマスの身体に触れると、彼はそのあとに従って行ったが、ほかの人はその一行を追ったり止めたりすることはできなかった。正直トマスは千三百年かそれより少し前に人間界を去ったのであるが、妖精の国を訪れれば、今でもトマスに会えるだろう。トマスは妖精たちの遊びの考案者であり、竪琴にかけては妖精のあいだでも第一人者なのである。

 トマスが詩人でありハープの名手であること(予言の才能は人間界で重宝された)が、妖精たちに好かれ愛された原因のようである。アイルランドでは妖精の恋人リヤナン・シーは、詩人を愛し詩の霊感を与える代わりに、詩人の血を吸うので、詩人は薄命なのだと言われている。プリッグズはトマスについて「人間の笛吹きを妖精の饗宴のために雇う仲介者として一般に知られている。トマスは妖精女王の侍従でもあったようだ」とも言っている。音楽と踊り好きの妖精が、音楽とくに楽器奏者を愛するという言い伝えは古くからある。詩人は詩作に、奏者は演奏に、精魂を傾けて一種の忘我の境地、ものに憑かれた状態になるので、妖精にとり憑かれたと昔の人は見たのかも知れない。こういう観点からすれば、英雄は冒険に、王は偉大な事業に、学者は学問にとり憑かれた人々で、しかも普通よりはすぐれた才能の所有者でもある。プリッグズはこうした妖精に愛されその国に連れていかれた(帰って来た、あるいは永遠に連れていかれた)人たちを、「英雄妖精」という分類に入れている。もともとはケルト神話の常若の国に住む女神ダーナの神族(ダーナ・オシー)たち、異教の神々の末裔の英雄たちであるオシーンやク・ホリンたちは「英雄妖精のきわめてはっきりした実例である(中略)ダーナ神族たちはすぐれた技術を持っているので、魔術を使うという言い伝えが広がり、しだいに地下世界全体がこの一族のものとみなされるようになった」としているが、ケルトの英雄ばかりでなくアーサー王もこの分類に入れているし、正直トマス、向こう見ずエドリック、フィツツジエラルド伯、タム・リン、チャイルド・ローランドの話がこの項に入っている。従って人間であっても、特別の才能ゆえに妖精に愛されてその国に連れていかれた人も、「英雄妖精」の分類に入れてよいようである。また貴族的な遊びや狩りを好み妖精騎馬行(フェアリー・ライド)をし、夏至前夜(ミッドサマーイヴ)には自分の住む丘をひとめぐりするという。こうした特色からすれば中世ロマンスやアーサー王の騎士たち、とくにオルフェオなどもこの分類に入れてよいように思われる。

『妖精の系譜』 新書館


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