SSブログ

過激な隠遁~高島野十郎評伝 №58 [文芸美術の森]

第九章 《蝋燭》と《月》

     早稲田大学目お余教授  川崎 浹

祈りを込めた絵

 私のようなテキスト主義者が評伝を書くことになったので、今さらのように高島野十即という人物をふり返ってみると、じつに不思議な生き方をした画家だと感嘆せざるをえない。《蝋燭》(口絵3)にまつわる話ひとつをとりあげてもそう。仮に私が画家だったとしても、非売品の《蝋燭》を三十枚も四十枚も生涯描きつづけ、ご縁のある人に手渡すなど思いつくだろうか。蝋燭の焔を描き、さらにそれを非売品として渡しっづける、それだけで十二分に奇想天外な発想であり、行為である。こんなことをした画家は古今東西を問わずいないだろう。
 ルーブル美術館にはラ・トウールのキリスト教神話を題材にした大画面の絵があり、画面のごく一部にローソクが措きこまれている。「高島さんのローソクだ」ととっさに思ったが、それはちがう。野十郎の《蝋燭》はそこから借りたり、抽きだしたりしたものではなく、自らつよい意志のもとに立てた一個の主題である。
 ラ・トウールのローソクは、物理的な間を照らす必需品であり、画面の闇とのバランスをとる技法上の素材である。もちろん神秘的な効果も狙っているだろう。
 では野十郎の《蝋燭》はなにを措こうとしたのか。まず絵が非売品であることに注目し
たい。生活の資を稼ぐための絵ではなく、どこか特別な場所に納入されるものだった。どこに?
 高島さんに言われて私の意識がはじめてそこに向いたのが、絵馬である。絵馬には馬の絵が措かれ、奉納者の祈願がこめられている、と知った。「私の《蝋燭》は絵馬なのだよ」と両家は言った。絵馬を奉納するために神社に行き、浄い水を柄杓ですくつて手を洗い、口をすすぎ、掛けられた鏡を仰ぎ見ると、そこに映っているのは「神ではなくて、なあんだ、自分の姿だったよ」と笑って画家は言った。こういうときに高島さんはきまって生ま
じめな表情ではなく、いかにも愉快そうに笑って話す。「神は自分のなかにいるのだ」。
 井筒俊彦が『意識の形而上学-『大乗起信論』の哲学』でくり返し指摘しているのが、この部分である。A領域(神)とB領域(人)が媒体M(アラヤ識)でつながり和合するのは、すでに先天的にB領域(人)の中にA領域(神)が潜在しているから。「神は自分のなかにいる」。これも高島さんが言ったことばだ。仏教一般でも同じことがいわれている。
 高島さんの独創性は《蝋燭》を人間、殆ど凡夫のなかの仏性に奉納しつづけたことにある。被奉納者、つまり鑑賞者は奉納品によって自分のなかの仏性に目覚める可能性をもつことになる。
 奉納者である画家は絵馬のように祈りをこめたのだが、どんな祈りなのか画家は語ったことがない。つねに同じ対象ではない死者たちの霊と語り、死者を弔い、同時に自分自身をみつめ、さまざまな心象を投影したのか。或いは「心に真言を唱えるようにして、精神を焔に集中させたのか。高島さんに聞かなかったのは、いまにして思えば私にしては賢明な鈍感さである。つまり私としては「出過ぎたまね」をしなかった。画家の答えは分かっ
ている。「いかようにでもー」。おかげでいろいろな解釈が見る者にあたえられ、それぞれに自由である。
 私も《蝋燭》を長い間見ているうちに、現実のほうが《蝋燭》に浸透してくることがあった。ロシアの国際的な映画監督ソクーロフの『ストーン(石)』というモノクロの映画がある。チェーホフの元別荘だったヤルタの屋敷に学生がアルバイトで番をしていると、暗い壁のなかからチェーホフが透かし絵のように現れ、しばらく言葉を交わしてまた壁のなかに消えてゆく画面。現れては消えるという現象。
 昨年の初夏の夕暮れ、色は消え、形だけが辛うじて識別される時間帯に、私が二階から下りてゆくと、向こうの自室から百歳になる老母が食堂に出てきたようす。「何か手伝うことはないかね」。老いて小さくなった影らしきものがゆっくりと食卓のそばまできて、ふっと揺らいで傾いだ、それが一瞬消える前の焔のように見えた。
 高島さんから《蝋燭》(口絵ま)をもらって四十年以上になるのに、収納所から取りだして見るたびに印象が刻々と変わるのがなんとも不思議だ。

川崎蝋燭.jpg


『過激な隠遁~高島野十郎評伝』 求龍社

nice!(1)  コメント(0) 

nice! 1

コメント 0

コメントを書く

お名前:
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。