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医史跡を巡る旅 №93 [雑木林の四季]

土用波、そして再び安政五年

      保健衛生監視員  小川 優

地獄の鍋の蓋と一緒に、パンドラの箱も開いてしまいました。感染状況からすると、あたかも早めの土用波にさらされているようです。

都市圏はデルタ型に席巻され、感染者増加は留まるところを知らず、比例して重症者も増えています。その増加率に慌てた政府は、いち早く自宅療養と入院の方針を転換しようとしましたが、説明不足から実質修正に追い込まれました。この時の大臣の「方針転換」という表現に、第二次世界大戦中に日本政府が多用した「転進」に似た薄ら寒さを感じたのは、私だけではなかったと思います。失敗を認めず、現実には敗退であることを誤魔化すための言い換えにすぎません。さらに人の生命にかかる政策決定を専門家による助言を得ないまま決め、具体性もないまま公表してしまう。危機意識があるのか、ないのか。国民から見ると、政府の対応は全く信用が出来ません。

自宅療養とは、すでに快方に向かっていて、病状が安定している状況で、社会復帰に向けて行う行為で、進行中、あるいはこれから悪化の懸念がある場合に実施すべきではないと考えます。とくに病状が安定していない患者の呼吸管理を、医療従事者なしでやろうとすること自体に無理があるからです。
新型コロナの低酸素状態は自覚しにくいという特徴があります。日本語では「静かな低酸素血症」と呼ばれますが、英語ではそのものずばりのsilent hypoxia、時にはhappy hypoxiaと表現されます。アメリカのメディアが使いだした言葉だとされますが、息苦しくないからhappyだと、さすが累計死者61万人の国のブラック・ジョークです。一般的にパルスオキシメーターで測定する酸素飽和度が90%を下回ると低酸素状態とされ、息苦しさを感じると言われますが、新型コロナウイルス感染症の場合、60%台でも無自覚な場合があります。理由は解明されていませんが、息苦しさを感じとる体内の感覚機序が複雑なため、コロナウイルス感染によりセンサーの一部が麻痺させられている可能性があります。
コロナ対応の中で神器のごとく扱われるパルスオキシメーターと酸素濃縮器ですが、もともとは医療従事者が取り扱うべき医療機器です。COPDの患者など、自らの病気の状態を理解し、医師の説明を十分に受けたうえで使うのならまだしも、機器は配送業者が届け、説明書を読むだけで正しい使い方ができるとは思えません。ましてや療養者は新型コロナ感染症を十分理解しているとは限らず、ただでさえ具合が悪く正常な判断が難しい状況かもしれません。

もう1点、首相を始めとして、唯一の感染拡大防止の手段として力説するワクチン接種ですが、これも過大な期待は禁物です。7月29日付のアメリカ感染症管理予防センターCDCの内部資料にはかなり衝撃的な内容が記されています。内部資料であり、外部評価を受けた報告ではありませんが、信ぴょう性は高いと考えられます。

①デルタ型は感染力が高く、基礎再生産数(Ro)は5から9の間。
基礎再生産数とは、感染していない集団に病原体が侵入した場合に一人が何人に感染させるか、という数字です。感染が発生している集団における場合は実効再生産数という指標を用いるので、今回の基礎再生産数とは違います。つまり直ちに日本の現状に当てはまるわけでなく、必ずしも一人が5人以上にうつすというわけではありません。ただ、この数値は感染力の指標となりうるもので、天然痘(Ro=5)より強く、水ぼうそうとほぼ同じ(Ro=8)ということができます。ちなみにデルタ型以前の新型コロナウイルスはRo=2~3といわれていました。

➁デルタ型は従来型に比べてウイルス量が多く、症状も重い。
一方で感染力が高くはなったが、重症化率や致死率は変わらないか低くなっているとの主張もありました。CDCのレポートでは致死率に関して以前より少し高くなっていると評価しています。さらに感染力の強い理由として、ウイルスの排出量が多く、排出期間も長いともしています。
PCR検査では遺伝子を増幅して検出するので、ウイルス量と検出に必要な転写増幅の回数は比例します。今までの株の感染例の検体では19サイクル必要でしたが、デルタ株では16.5サイクル。回数が少ない方が、もともとのウイルス量が多いといえます。また排出期間は従来型13日間に比べて、デルタ型では18日とされます。
重症化率についてはデルタ型と、アルファ型もしくは従来型とを比較したところ、カナダの統計では入院で2.2倍、ICUの利用で3.87倍、死亡で2.37倍リスクが高いとされました。シンガポールの統計では酸素吸入やICUが必要となる、あるいは死亡するリスクとして4.90倍、肺炎に至るリスクとして1.88倍となるそうです。いずれも統計的処理として、オッズ比としてあらわされていますので、単純な倍率とは異なりますが、デルタ型では重症化するリスクが高くなることが現れています。

③現在のワクチンはデルタ型の重症化を押さえるが、完全ではない。またデルタ型への感染予防は65~85%の有効性となる。
ファイザー社のワクチン接種が進むイングランド、スコットランド、カナダにおいて、2回接種済みの人が新型コロナウイルスに感染した事例をもとに、アルファ型とデルタ型との有効性を比較したところ、感染性では79%、発病するかどうかでは87~88%、入院するかどうかでは96~100%という数字がはじき出されました。一方でイスラエルのデータでは、感染、発病とも64%の有効率でした。このデータではワクチンそのものの新型コロナウイルスに対する有効性ではなく、アルファ型とデルタ型の単純比較であることに注意が必要です。読み解くとすると、ワクチン2回接種済でもアルファ型にはほぼ10%、デルタ型には12~36%の確率で感染した、ということになります。
ワクチン接種後に感染することをブレークスルー感染といいます。デルタ型ではブレークスルー感染の確率が高くなり、つまり接種率が高くなっても社会的免疫を獲得し、感染拡大防止を期待することが難しくなる可能性があるということです。新型コロナウイルス感染症対策分科会の尾身会長も70%程度の接種率では社会的免疫が成立することが難しい旨発言されていますし、オックスフォード大学のワクチン開発責任者であるボラード教授にいたってはデルタ型の出現により集団免疫の獲得は不可能となったとまで発言しています。
感染拡大防止策として、現行のワクチン単体に頼ることはもはや困難で、アルコールを伴う飲食だけに絞る対策も無意味、初心に帰り、感染拡大当初と同じくマスク、手洗い、ソーシャルディスタンスの原則をワクチン接種併用で進めていくしかないという結論に達します。
新たな対策を打ち出さず、ワクチン接種実績のみを強調してみても、現実として感染拡大は収まりません。

少しでも客観的に現状をお伝えしたく、あだしごとが長くなりました。
さて、あだしごとはさておき。

安政五年のコレラ協奏曲、舞台は沼津から少し北上して裾野市に移ります。
裾野市の深良地区(旧深良村)には「深良村吉田宮勧請寄進名細控帳」という文書が残されています。安政五年に京都吉田神社に祈願料を収め、御鎮札を受けたという記録になります。

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「吉田神社」 ~京都市左京区吉田神楽岡町

当午年七月盆頃より、前代未聞之悪病富士郡東海道吉原宿辺ゟ流行いたし、夫ゟ三嶋宿抔ハ誠ニ八ヶ敷相成、段々道上辺江茂流行ニ相成、俗ニ三日ころりと申急病ニ御座候
而皆人恐れをなし、農家も町屋も家業ヲとめ、唯々信心一方ニ而、女ヤ子ともニ至まて毎日こり抔ヲとり宮参詣する事第一ニいたし、実ニ此世のめつする程のよふニ思ひ、然ル所此近村ニも悪病数多御座候へとも、深良村義ハ至極穏ニ而病気更ニ無之、日増に信心強ク相成申候、然ル内ニ何やらあやしき事とも世間之人々見出し、是病気ハくだ狐の業と皆人考へ付、との村ニ而も昼夜鉄炮ヲ打、其上守り袋へハみやうがのしら根・墨大豆・くわの木の葉を入、皆子供等ニ至る迄腰に付、又家にハ門口ヘ梶の葉・とうからし・みやうがの白根・赤き紙是ヲつるし、セん香・火縄を門口ニ置、皆人恐驚祈願、辻切抔能きと言事ハ村中一同信心致し申候、右之趣ニ候故村中一同相談ノ上、京都吉田様ヲ勧請致し度心願ニ付、以幸便右之通り三嶋宿世古六太夫殿方ヘ差出し、直様吉田殿へ差送り申候文言 ~裾野市史

吉田神社が勧進される経過までは沼津市のケースと似ていますが、実際村人惣代が京都まで出向くのではなく、代理人、エージェントを介していること、そして祈願文と祈祷料を飛脚便で送っているところ(「以飛脚一筆啓上仕候」)が大きな違いです。まるで今現在、不要不急として寺社に実際にお詣りすることが難しい状況を踏まえ、御朱印をオンラインでお願いするのと同じことを既に江戸時代に行っているわけです。江戸時代後期には既に流通、信書の到達性は向上し、信用性も高まっていたためこのようなことが可能となっていたのです。深良村のやり方は合理的で、書簡の発送日八月十六日の十日後、京都吉田神社に到達、祈祷受付となりました。そして帰りもほぼ同じ日数で、九月十一日には御鎮札が村に迎え入れられます。
村では大神宮と深良神社の二か所に御宮が造営され、以後御神体を一年毎に交互に祀ることとなります。

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「大神宮」 ~静岡県裾野市深良

吉田神社は「吉田さん、よしださん、ヨシダサン」と呼ばれ、神輿の形をしており、氏子によって担がれて御座所を移り、それぞれの神社の境内に設けられた祠に一年間納められます。

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「大神宮 吉田神社」 ~静岡県裾野市深良

裾野市史における「ヨシダサン」の記述を転記しておきます。

九月一日はヨシダサンの祭。
深良では、旧の全部落が参加して行われる。祭り当番は深良全区を天田上、天田下に二分しそれぞれが一年交替で請け負う形式となっている。更に天田上は新田、原・上須、上原・上原団地、天田下は切久保・遠藤原、和市・南堀、町震と、それぞれが三分割されて祭り当番を行う。したがって、各部落の祭当番は六年に一度ということになる。
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「深良神社」 ~静岡県裾野市深良

ヨシダサンは独立した神社を持たず、天田上、天田下共に、深良神社、大神宮神社に合祀という形でお神輿を納めている。

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「深良神社 吉田神社」 ~静岡県裾野市深良

私が訪れた時点のヨシダサンは、深良神社の境内社に鎮座していました。

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「深良神社 吉田神社御神体」 ~静岡県裾野市深良

御神体下部の台枠の穴に木を差し込むことで、神輿の形となります。

裾野市を含み、御殿場市、三島市に渡る広い範囲では、安政五年のコレラ騒動以前から、今回ご紹介した深良のヨシダサンとは別の系譜のヨシダサンが行われています。安政のコレラ騒動記からは外れますが、興味深いので次回はこちらを取り上げたいと思います。


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