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梟翁夜話 №93 [雑木林の四季]

「お国のために:其の一」
        翻訳家  島村泰治

南六郷という一角は、何の変哲もないところで、子供たちはせめて近くの六郷川で水に戯れ、遥か西方にある六郷神社に遠走りするぐらいが関の山だった。すばしっこい私は、羽田の飛行場にもしげしげ通って、赤とんぼを眺めては幼い感慨に耽ったものだ。

赤とんぼといえトンボではない。黄色い双翼の練習機で、そう愛称されて子供たちには大人気だった。いつかは僕も、と飛行兵になる夢で胸を膨らませたものも多い。かく言う私もその一人だった。飛行兵になるんだ、それも海軍航空隊に入るんだという幼い思ひは、五つ六つ頃に意味も分からずに芽生えていた。お国のために尽くすんだ、という無邪気な執念が根付いていた。

そのころ、そんな子供たちを励す唄が巷に流れていた。今でこそ小さいが大きくなったら、これこれこう言うふうにお国のためになるんだ、という歌詞はなかなかインパクトがあった。

♪お山の杉の子(作詞:吉田テフ子(ちょうこ)、作曲:佐々木すぐる)

(一)
昔 昔 その昔
椎の木林の すぐそばに
小さなお山が あったとさ あったとさ
丸々坊主の はげやまは
いつでもみんなの 笑いもの
これこれ杉の子 おきなさい
お日さまにこにこ 声かけた 声かけた

(二)
一、二、三、四、五、六、七
八日 九日 十日たち
によっきり芽が出る 山の上 山の上
小さな杉の子 顔出して
はいはいお日さま 今日(こんにち)は
これを眺めた 椎の木は
あっははの あっははと大笑い 大笑い

(三)
こんなちび助 なんになる
びっくり仰天 杉の子は
思わずおくびを ひっこめた ひっこめた
ひっこめながらも かんがえた
なんの負けるか いまにみろ
大きくなったら 国のため
お役に立って 見せまする 見せまする

(四)
ラジオ体操 一二三(いちにっさん)
子供は元気で 伸びていく
昔々の はげ山は はげ山は
今では立派な 杉山だ
誉れの家の 子の様に
強く大きく たくましい
椎の木見おろす 大杉だ 大杉だ

(五)
大きな杉は 何になる
兵隊さんを 運ぶ船
傷痍の勇士の 寝るお家 寝るお家
本箱 お机 下駄 足駄(あしだ)
おいしいおべんと 食べるはし
鉛筆ふで入れ そのほかに
たのしや まだまだ役に立つ 役に立つ

(六)
さあさあ負けるな 杉の木に
勇士の遺児なら なお強い
体を鍛え 頑張って 頑張って
今に立派な 兵隊さん
忠義孝行 ひとすじに
お日様出る国 神の国
この日本を 守りましょう 守りましょう

さう、傷痍の家とは戦争で男手を失くしたか傷ついた家庭のこと、門口にはそれと分かる標識が掲げられて敬意と同情の対象だった。かうして杉の木は国中に植えられ、大いに役立ったのだが、その所為で花粉症の元が散らばったのは皮肉な後日談だ。

杉の子に擬(なぞら)えた子供たちは、少国民として一端の社会性を期待され、日々の行いの中にあれこれと社会参加の場面が用意された。ゴミ掃除は当然のこと、衛生のために一匹何銭かを出して子供たちにネズミ退治を奨励した。資源を欠く国のために、子供たちは鉛筆消しゴム帳面など、学用品の節約に励んだ。

(つづく)

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