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妖精の系譜 №8 [文芸美術の森]

 アーサー王伝説をもとにした『サー・ローンファル』

        妖精美術館館長  井村君江

 『サー・ローンファル』は十二世紀後半にマリ・ド・フランスによって書かれたものを、十五世紀初頭にチェスターのトマスがかなり自由に英訳したものといわれている。ギリシャ神話と、『サー・オルフェオ』ほどではないが、ケルト神話の金髪のニアヴに常若の国(テイル・ナ・ノグ)に連れていかれるオシーンの話とかなり通じるところがある。そしてアーサー王物語のイギリスにおける原材料である「ブリテンの話材(マター・オブ・ブリテン)」の一つとして、初期の中世騎士物語の特色をよく見せている。ローンファル卿はアーサー王宮廷の騎士となっており、王妃グウィネヴィアが憎まれ役になっている。王妃の意地悪さ、愛の押しつけ、嫉妬等の被害をローンファル卿がこうむるが、同情し愛を捧げる妖精に出会う。そして、一見悲劇に終わるようであるが、妖精の愛が二人を永遠に結びつける。
 まずストーリィを追ってみよう。アーサー王がグウィネヴィアを王妃とすることに反対したローンファル卿は、王妃の憎しみをかうことになる。婚礼の席上、ローンファル卿にだけ贈り物を与えぬという侮辱を王妃が与えたりしたので、ローンファル卿はカーライルのアーサー王の宮廷からウェールズのカーリオンへ移ることにする。気前のよいローンファル卿は接待に金を使い果たし、みすぼらしい姿となってグラストンベリーに行く。ある日、馬に乗り緑の野に出て澄んだ小川を渡ろうとすると、馬が先へ行かずふるえるので、下馬して木蔭で休んでいた。すると向こうから、目もさめるほど美しい乙女が二人やって来て、自分たちの仕える妖精女王トリアムールに会ってほしいと誘うのでついて行く。草原に豪華な天幕があり、入って行くと妖精の国である西方の島を治めるオリロン王の娘で美しいトリアムールが、百合のように真白い肌もあらわにし、金髪をなびかせて寝台に横になっていた。
 妖精女王の天幕は絹でできていて、さまざまな色彩に飾られている。「天幕の上には黄金の鷲がついていたが、豪華で高貴でどれほどの価かわからない。紐やひだ飾りはみな網で、天幕には黄金の槍がかかげられていた」とあり、妖精女王のマントは点貂(てん)の毛皮で、アレキサンドリアの貝で染めた紫のふち飾りがついており、衣からのぞいて見える肌の白きは「五月のサンザシの花よりもっと白く、けがれのないものだった」とマリ・ド・フランスは描写している(サンザシの花もまた妖精の好む花という伝承的言い伝えを知っての表現であろう)。ローンファル卿はトリアムールの美しさの虜(とりこ)となり二人は愛を交わす。そのときトリアムールは、「二人の愛の秘密を他人にもらさぬこと、それを犯せば二度と会えなくなる」というタブーを課す。そしてほしいだけの財貨が得られる絹と金でできた財布と従者と妖精馬、身を守る槍も与え、ローンファル卿が願えば、トリアムールはいつでも姿を現わして会いに来るけれど、タブーを忘れたり、また恋人の妖精女王のことを自慢したりすると、贈り物と一緒にすべては消えてしまうと、くれぐれも注意をする。
 ローンファル卿は富と愛にめぐまれ、騎士としてもさまざまな馬上槍試合に力量を示しトリアムールの愛も受けて、幸福な日々が続く。七年過ぎて噂はアーサー王まで達し、宮廷に帰るようにと呼び出しがとどく。聖ヨハネ祝祭日の祝宴のときに執事として働いてほしいというのである。(六月二十四日のこの聖ヨハネ祭は夏至(ミッドサマー)の日で魔力が効を奏する日であり、そのためにこの日が選ばれているのだろう)。祝祭は四十日続くが、ある日食事のあと芝生で踊りが始まり、ローンファル卿を見て王妃は五、六人の貴婦人と共に踊りに加わり、ローンファル卿に七年も恋していると告げ誘惑しようとする。ローンファル卿が断ると王妃は彼を罵倒したので、思わず自分の恋人に仕える一番下の侍女すら王妃より美しいと言ってしまう。ローンファル卿は部屋に戻りトリアムールに出てきてほしいと呼びかけるが、彼女は姿を見せず、財布も消え従者も馬も姿を消している。ローンファル卿は、自分が妖精が課したタブーを破ってしまったことに気づく。王妃は狩りから帰った王に、ローンファル卿に言い寄られ、はねつけたが、ローンファル卿は自分の恋人の侍女すら私より美しいと侮辱したと偽りの言葉を告げる。
 怒った王はローンファル卿を捕えたが、他の騎士の弁護で条件つきの猶予が与えられる。一年と二週間の間にローンファル卿の自慢する恋人を連れてきて、もし王妃より美しければ許すが、さもなくば絞り首にするというのであった。日数は過ぎ、約束の当日になっても、ローンファル卿は恋人を連れてくることができず、断罪をめぐって一同が意見を述べていた時、十人の美しい乙女が馬に乗って現われる。しかしローンファル卿の恋人はその中に見あたらず、さらに十人の美女がラバに乗って来る。彼女らはみな王妃より美しく、そのあとから白馬に乗ってすばらしい美しさのトリアムールがやって来る。ローンファル卿を釈放するために来たと語り、王妃に向かって「王妃よ、あなたは無実の人に偽りの言いがかりをつけましたね」と言い、その手を王妃の目にあて盲目にしてしまった(マリ・ド・フランスの物語にはない)。トリアムールはローンファル卿を白馬に乗せると、妖精王オリロンの住む妖精の島へと走り去り、それ以後誰も二人を見かけることはなかった。
しかし一年に一度はローンファル卿の乗る馬の蹄の音が聞こえ、彼の姿が見えたということである。
 ケルト神話の英雄オシーンも妖精王の娘ニアヴに白馬に乗せられて、常若の国に連れていかれてしまう。しかし彼ら英雄妖精は一年に一度ミッドサマー・イヴに姿を現わし、馬で丘をひとめぐりする妖精騎馬行(フェアリー・ライド)をする-―英雄妖精たちのこの性質をローンファル卿も備えていることがわかる。マリ・ド・フランスは物語の最後にこうつけ加えている。
「ブルトンの人たちはこの騎士が恋人にさらわれていったのだと語っている。とてもぼんやりとしたとても美しい島、アヴァロンの名で知られる島へ――」瀕死のアーサー王がアーガンテ(モルガン・ル・フェとノースガリスの女王たちともいわれる)に連れ去られる先もアヴァロンである。アーサー王ばかりでなく他の騎士が恋人に連れていかれる妖精の島も、中世には「アヴァロン」と呼ばれており.ローンプァル卿もその島で妖精の恋人と永遠に暮らすことになるわけで、騎士は不死で、妖精の女王の恋人になって、永遠に生きるという考え方がここにはあるようである。
 ローンファル卿は緑の野に馬をすすめて行き、澄んだ小川を渡ろうとすると、馬はふるえて進まなくなり、妖精たちが馬でやって来るのに出会ったが、これは小川がこの世と妖精界、異 界の境になっていることを示している。二つの世界の間を隔て、境界を作るのは水(澄んだ流れ)であることは、中世のロマンスの中では常道の設定のようである。
『ウオーリックのガイ』の物語でも、妖精に連れ去られた領主アミスを探しに出たガイの息子レインブルンが丘の中にある門を通りぬけると小川に出るが、その向こうに輝く水晶の城壁と大理石の壁に囲まれた宮殿が見える。『ヨネックの物語』でも小鳥に変身し、恋人に会いに来ていた異界の王(ヨネックの父親)が、恋人の夫に刺され、その血の跡を辿って異界に訪ねて行った恋人は緑の原に出る。その向こうに銀色に輝く町が見え、左手には森が広がりまわりには澄んだ小川がめぐり流れ、「その広い流れには三百もの船が港に錨をおろしていた」となっている。

『妖精の系譜』 新書館


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