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妖精の系譜 №5 [文芸美術の森]

十七世紀の妖精研究者たち 1

      妖精美術館館長  井村君江

 (7)のロバート・バートンはオックスフォードのプレイズノーズ・カレッジで学び、クライストチャーチの学者となった人であり、その著書『憂鬱病の解剖』の中の「妖精逸話」(第一部二節)で、当時の妖精信仰についてかなり包括的に記述している。バートンは妖精を肯定的に扱っているわけではなく、すでに清教徒たちの否定的見方がゆきわたらていた時代であったためか、妖精を下位にある悪魔の一族とみなしているようであるが、ギリシャ、ローマ、バビロニア、イタリア、フランスと各地に伝わる妖精逸話を博引芳証(はくいんぼうしょう)しながら、各国学者の説も紹介し、その間にイギリス伝承の妖精を記しているところは重要である。十九世紀になってこの本をひもといた詩人のジョン・キーツがその中の一節に触発されて、蛇女『レイミア』の物語詩を書いたことは有名である。
 バートンは妖精を、①「水魔(ウオーター・デヴィル)」と②「陸魔(テレストリア・デヴィル)」とに分けている。①は水辺や川辺に棲むナイアス、水のニンフを指すとあり、ディアーナ(月の女神)やケレース(デーメーテールと同じく地下と豊穣の女神)の話を挙げており、明らかに古典神話との混同がみられる。②にはラール(ローマの家の守護神)、ゲこウス・ロキ(土地の守護神)、ファウヌス、サチユロス、森のニンフ、フォリオットすなわちホブゴブリン、フェアリー、ロビン・グッドフェロー、トロールなどで、「人間と接触することがないだけに危害を加えることも多い」としている。ここでもイギリスの妖精であるホブゴブリンやロビン・グッドフェローと、ギリシャ神話のサチユロスや北欧のトロールを同列においているし、さらに筆は古代に及び、ペリシテ人のダゴン、バビロニア人のベル、シドン人のバール、エジプト人のイシスとオシリスがこの範噂に入るとして、古代の神々と同じに扱っている。もちろん妖精の淵源を異教の神々とすれば、これらすべては同種類とみなされるわけである。

 妖精は昔は迷信とともに敬遠されていた。家の中を掃除し、きれいな水の入った手桶や食物などを出しておけば妖精につねらわれないし、靴の中にお金が入っていたり、やることもうまく行くといわれていた。妖精はヒースの上や草原で踊り、そのあとによく見かける緑の輪を残す、とラヴァータやトリテミウスは考えているし、オラウス・マグメスも書き加えている。しかしある者はこの緑の輪は隕石の落下でできたもの、あるいは土地が肥沃になりすぎてできるとも考えている。年寄りや子供は妖精によく会う。

 バートンは妖精の輪を隕石の落下でできると一見科学的な説明をしているが、現在ではキノコの胞子のため土が酸性になり一夜のうちに草が枯れてできるという本当の原因が判明している。
 われわれがホプゴブリンとかロビン・グッドフェローとか呼んでいるやや大きい種類の妖精は、迷信深い時代には、ひとしぼり分のミルクをやればそのお礼に麦をひいてくれたり木を切ったり、いろいろ骨の折れる仕事をしてくれたものである。
 ここにはホプゴブリンとロビン・グッドフェローがイギリスの妖精の代表として挙げられており、一杯のミルクの報酬で農家の手伝いをするという、今では定まった妖精の性質もすでに記されている。バートンの記述の中でとくに興味深いのは、あまり他では書かれていないイタリアの妖精フォリオット(イタリア語ではフォレスト)について記していることである。これは、十六世紀の物理学・数学・占星学にくわしかったイタリアの学者カルダーノ(一五〇一~一五七六)の言葉として記されているのであるが、ドイツのポルターガイストとよく似た性質を見せている妖精である。

  フォリオットは夜中に奇妙な声を出し、ときには哀呻き呻き声をたてたかと思うと、笑い声をたて、大きな炎で燃えたかと思うと、息に明るい光を発したり、石を投げたり、鎖をガチヤガチャいわせたり、人のヒゲを剃ってしまったり、扉を開けたり閉めたり、お皿や椅子や引出しを放り出したり、ときには兎や烏、黒犬などの姿をして現われたりする。

 (8)のロバート・カークの『エルフ、フォーン、妖精の知られざる国』は、「十七世紀の妖精伝承に関するもっとも詳細でかつ権威ある論文」とプリッグズが言うように、当時としては珍しく妖精の性質や衣、食、住、行為、人間との関係に関し広範囲にわたって書かれた本である。一八一五年に初めて印刷され、一八九三年に民俗学者アンドリュー・ラングの編集で再版されたが、さらに今世紀になって完全な形の写本がエジンバラ大学のラング・コレクションの中に発見され、一九六四年スチュアート・サンダーソンが編集し詳細な序文を付けて刊行された。

『妖精の系譜』 新書館


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