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妖精の系譜 №3 [文芸美術の森]

妖精に出会った人々の記録 2

     妖精美術館館長  井村君江

 (3)のティルベリーのジャーヴァスはイギリスの歴史家で、キヤノン法の講師としてボローニャに滞在したことがあり、神聖ローマ帝国皇帝オットー四世によってアルル王国の長官にまでなった人である。『皇帝に捧げる閑話集』は、皇帝オットーを楽しませようとして書いたもので、不思議な話がたくさん集められている。その中で、十三世紀のイギリスにいるとして「ポーチューン」という一種の農耕妖精のことを書いている。ポーチューンは農家の人々の生活に入ってきて、日中は農場で人々と一緒に働き、夜になって農家が戸を閉めると、台所で皿洗いなどを手伝う。そして火のそばにやってきてふところからカエルを取り出すと、それを火にかざして焼いて食べる。顔は老人のようにしわくちゃで、つぎはぎだらけのポロをまとい、背丈は大変低い。ジャーヴァスの記述では「半インチ」になっているが、プリッグズの説によれば、オタマジャクシからカエルになったばかりの小さいものでも、ふところに入れるには身の丈一フィートはほしいところで、これはラテン語の“pes”と“pllex”を書き違えたものをそのまま英訳したため「半フィート」が「半インチ」になったと考えられ、約十五センチぐらいの大きさと推定される。ポーチューンは人間に害はしないがいたずら好きで、夜道を行く旅人の馬を急におどして駆け出させ、乗った人を沼に落として喜ぶというのである。農業や家事の手伝いをするところ、夜道の旅人にいたずらをするところなど、アイルランドのプーカやコーンウォールのピクシーと似た性質を見せている。またジャーヴァスは、ポーチューンをフランスではネプチューン(Neptune)と呼ぶといっているが、ローマ神話の海の神の名と同じであるのは不思議な感じがする。そして一種の悪魔と言っていいか、素性のわからぬ生きものと言ったらいいか、とジャーヴァスは類別に迷っており、妖精という言葉は使っていない。
 (4)のウォルター・マップはイギリスのへレフォードシャー生まれであるが、パリで学び帰国してヘンリー二世に仕え、のちにリンカーンの大法官となった人である。かれが『宮廷人愚行録』の中に記しており、また後年になってC・S・バーンとG・F・ジャクソンが『シュロップシャーのフォークロア』(一八八三)に再話している「向こう見ずエドリック」の話は、妖精を妻にした話としてはもっとも古いものである。日本でも「天女を妻にした請」(羽衣伝説)があるが、異界の人との結婚話(妖精女王や湖の糟や人魚などを妻にする話)の囁矢であり、禁忌(タブー)が必ず人間に課されることがすでにここでも見られる。また「向こう見ずエドリック」は一つの物語としてもよくまとまったものである。マップが記している筋は次のようである。
 五百年前のある日のこと、シュロップシャtのクランの森で狩りをしていた騎士エドリックは帰途、道に迷い、小姓と共に道を探したが日がとっぷり暮れてしまった。やっと遠くに大きな家から明りがもれてくるのが見えて、その家に着いてみると、中でたくさんの婦人たちが踊っているのが見えた。優しい声で歌を歌いながらゆるやかに踊る輪の中の一人のあまりの美しさに、エドリックは恋心を覚え、恐ろしさも忘れて中にとび込むと、その乙女をさらおうとした。女たちは歯と爪で攻撃してきたが、小姓に助けられてエドリックはその乙女を連れ出すことに成功したのである。三日間乙女は口をきかなかったが、四日目にやっと「何も聞いてはいけない、そうすれば私はいなくなりあなたは早死するから」というタブーを課し、二人は結婚する。ノルマン人ウィリアム征服王はこの花嫁の美しさを耳にしてロンドンに呼びよせ、この世のものでない美しさに感嘆したという。
 しかしある日、エドリックが狩りから帰っても妻がいない。やっと帰って来た妻に、「どこへ行っていた。お前の姉妹のところか?」と言うその言葉も終らぬうちに妻の姿はかき消えてしまい、エドリックは悲しみのためやつれ果てて、間もなく死んでしまったというのである。エドリックが死んで一世紀もたたぬうちに、この話は伝説になり広く伝わったとマップは『宮廷人愚行録』に記している。
 異界の女の人ではないが、鶴の化身や蛇女と結婚した日本の昔話でも、「見てはいけない」といったタブーが課され、それを犯して悲劇に終わるというものが多い。イギリスのこの種の結婚譜では、この他に「鉄でさわるな」「叩いてはいけない」といった結婚するための条件としてのタブーが課されてくる。妖精たちは石器時代の原住民と関わっており、鉄器時代の人々に追い払われたため鉄を恐れるのだともいわれるが、鉄は妖精の忌み嫌うものになっている。中世のロマンスになると、妖精をさらって妻にする騎士よりも、妖精の女王にさらわれて妖精界で暮らす騎士や詩人の話が多くなってくる。

『妖精の系譜』 新書館

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