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浜田山通信 №289 [雑木林の四季]

「これでおしまい」の篠田桃江さん

       ジャーナリスト  野村勝美

 パンデミックの新型コロナ騒動はますます脅威をふるっていて、とくに大阪や福岡では手がつけられない状態らしい。TVは連日、その驚異を報道するが、これといった対策も立てられず、いまだにワクチン接種もままならない。毎日家に閉じこもって、コロナノイローゼ状態だ。そんな時、何をのんきなといわれるかもしれないが、年寄りにぜひ勧めたい本があるので紹介する。三月一日に百七歳で亡くなった書家の篠田桃紅さんの「これでおしまい」である。
 「人生というのは、長く生きてきたけれど、何もわかりませんよ。こうしてただ生きてきたんだと思うだけで。でもそれでいいと思う。この百余年ばかりこの世に生きて、この宇宙、人生、そういったものをわかろうなんて思ったって、そりゃあ無理です。」前書きでいきなりそう言われると、そりゃそうですねとうなずくしかない。なにしろ百七歳、わたしがその年になるまで十五年以上ある。なんとか生き延びるとしても、いまでさえ怪しいのに、ボケずに生きながらえられるわけがない。だが現実に百七歳まで生きた世界的美術家の「人生の言葉」は重い。重くておもしろい。一行一行読む者の胸にずしんとくる。
 本書は「ことば篇」と「人生篇」にわかれている。とくに前半の「ことば篇」が有益だ。「人は、ああこれで満足したってことはあり得ないのね。ああ嬉しい、ああこれでこの世に望みはない、ああ良かったって言っている人いるかしら。この世は真に満足なんて得られっこないのよ」「人間は死ぬまで一生迷路に入っているんです。迷いと、自ずからなんとかなるだろうという楽観的な考え方とがいつもやり合っている」「人間というのは、自分の本体とは別に、自分を横から見ている自分がいるのよね。自分はこれでいいんだろうか、なんて考えちゃう。それが人間よ。だから苦労がつきないのよ」「幸福なんてものは主観ですから、客観的な幸福なんてものはないですよ」
 こんな引用をしていたら全文紹介になってしまうが、批評のしようがない、文句のつけようがない先輩の文章だから仕方がない。
 「女の人が一人で生きていたらかわいそうだなんてとんでもないわよ。日本の男の人って本当にうぬぼれていると思った。一人でいることを哀れなこととして見ていますよ。人が人を幸せにし得るなんて無理、幻想です」「一切を受け止めておく。それが人生を渡るのに上等まではいかないけど、まあまあ無難な生き方かもね」「なんでも良いほうに解釈する。良いほうに解釈している人に感謝していると、自分自身も幸せな気分になれますよ。愚痴もなくなるし」
 「人生篇」は著者の思い出を編集部がインタビューしてまとめたもので、大正の少女時代から始まって昭和初期、戦時中、戦後、渡米、世界的美術家になるまでが描かれている。「桃紅」の命名物語がおもしろい。



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