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日めくり汀女俳句 №81 [ことだま五七五]

八月二十五日~八月二十七日

   俳句・中村汀女・文  中村一枝

八月二十五日
晩涼やひとりは去りぬいさざよく
          『芽木威あり』 晩涼=夏
 この夏に別荘地の中でカモシカに出逢った。この辺は昔は野生動物が数多くいたが、今では、狐、狸、兎、鹿も折々見かけるが、カモシカは珍しい。
 犬を連れて歩いていると傍らの草原の中に何かが仔んでいる。一瞬剥製(はくせい)が置いてあるのかと思った。モミアゲがぼさぼさっとしていて鹿ではない。犬は少しも気がつかない。
 彼女(?)はほんの少し私と目を見交わした後くるりと踵を返しより深い森の方に歩いていった。
 あっ、カモシカだと思った途端不思議な感動が胸をつつんでいった。

八月二十六日
子供等が露を叩いてやって来し
           『汀女句集』 露=秋
 子どもの頃、私は世の父親たちが毎朝、白いワイシャツにカバンを提げ、決まった時間に家を出ていく姿をとても羨ましく眺めていた。
 私の父(尾崎士郎)は朝からドテラだの浴衣の裾を引きずって、酒だと言うこともある。玄関には客がきていて、朝ご飯も慌ただしい。
 父はほとんど毎日、机の前で原稿用紙を広げきびしい顔で小説を書いている。それでわが家の暮らしが成り立っているなど考えたこともなかった。ひたすら、背広を着て全社に通うお父さんに憧れた。いつかそういう人と結婚したいと、ずっと思っていた。

八月二十七日
晩涼や運河の波のややあらく
          『汀女句集』 晩涼=夏
 汀女の句の中でも秀句の評判が高い。汀女は随筆にこう書いている。
 ……私は車窓から見えたことを書きたくても句帳を出すことが気がひけ、又こんなに揺れてゐては書けさうになくて、やっと今出来た空席に腰をおろした主人にそっとたのみました。「波たかくでせうか、あらくでせうか」
 「たかくなんていはないよ。あらくだね」…‥
 汀女と重喜は、決して仲のいいばかりの夫婦ではなかったと思うが、こういう光景はほほ笑ましい。この頃重喜は、妻の俳句の才能をひそかに誇りにもし嬉しくもあったはず、只男尊女卑の肥後の男は表向きは渋い顔だった。

『日めくり汀女俳句』 邑書林


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