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日めくり汀女俳句 №79 [ことだま五七五]

八月十九日~八月二十一日

    俳句  中村汀女・文  中村一枝

八月十九日
ややあれば茂'(しげり)離るる風の筋
             『紅白梅』 茂=夏

「外にも出よふるるばかりに春の月」汀女の句の中でも評判が高い。私も大好きな句だ。
初めてこの句を見た時私は何だか、食べられそうに大きい柔らかな月が、手の届く所にあ
る気がしたものだ。
 汀女がこれを作った昭和二十一年は、きびしい食糧難のさなか。汀女はとうもろこし粉
で作るドーナツ型のパンを焼くのだけは得意だったそうだ。戦前は高級官僚で何不自由な
い暮らしだった中村家も、公職追放でヤミ米の買い出しにも行った。日常のひもじさとは
まったく別の所で、豊かに生きている汀女に驚く。

八月二十日
夕蝉のいつほどとなく日のつまる
           『春雪』 蝉=夏

 涼しい所に住んでいると、夏の暑さのしのぎやすさは格別だが、秋が目に見えぬ速さで
近づいてくるのも、山の上ならではの事だ。
 風立ちぬ、ではないけれど、ある日頬をなぶる風の中に微妙な何かが通り過ぎる。高地
とは言え、戸外の気温は三十度近く強烈な紫外線が肌にちりちりする。その日光の中に一
抹の秋の匂いが。朝、夕の気温がある日ぐんと下がり始めれば、それはもう確実、山に秋
がきたのだ。長く厳しい冬に比べて何と短かく華やかな夏の日々、木々の葉が黄ばんでく
る。
 ほんの束の間の夏だからこそ、寒い所に住む人々は盛夏の輝きを人一倍大事にするのだ。

八月二十一日
雨の日は夏寒ざむと巴里の路地
          『薔薇粧ふ』 夏寒=夏

 汀女がヨーロッパ旅行に行ったのは四十四年の初夏、六十九歳の時である。出発するま
での過労が集ったのか、途中倒れて、パリのパッシー病院に入院した。そこでの待遇はま
さに貴婦人扱いで、院長先生ほうやうやしく汀女の手をとり、手の甲にキスをして礼をつ
くした。そのとき、パリ在住の私の友人が案内をした。靴屋さんがたくさんあるのね、と
目を丸くし、みんな靴をはいている、とこれまた素直な感想。ケーキ屋さんがいっぱいあ
るとまた目を見張る。年齢を超えた新鮮な好奇心にびっくりしたそうだ。

『日めくり汀女俳句』 邑書林


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