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梟翁夜話 №84 [雑木林の四季]

「新Nボックス来たる」

           翻訳家  島村泰治

これはひたすら拘りの所為で、私奴(わたくしめ)は車はホンダと決めてゐる。宗一郎氏の一徹さとこの会社が作り出す車の面白さに惹かれて、帰国以来一貫してホンダの車に乗ってきた。

ほんのいっときは、乗り口の出っ張りが気に入ってビートルならぬフォルウスヴァーゲンに傾き、小粋なミニクーパーに惚れ込みもしたのだが、誰だかに誘はれて3ドアの初代アコードに試乗しておやと気が変わった。暫く乗ってみてくれとの誘いに乗せられて、この車にひと月タダ乗りしてすっかりホンダ贔屓になった。路面に吸い付く感覚が何ともいい。即座にブラウンのアコードを買い求めた。

あのブラウンの3ドアアコードが、私奴が乗った初めてのホンダ車、今では名車として殿堂入りのしてゐる車だ。それからシビック、インスパイア、レジェンド、キャパ、インサイトと乗り継ぎ、直近がNボックスとホンダ一辺倒だ。これが妙に肌身にあって何と十年乗り回し、まだいけるぞと買ひ替えは思っても見なかったのだが、店の巧みな売り込みもあり、昨今のIT化で安全機能が進んでゐることに愚妻の目が眩んで、急に替へることになった。

そして決めた新車が新モデルのNボックス。

その納車が決まり今日、三月十四日、二人揃って店に出向いた。折角の買ひ替えなら他の車種をといふ想ひは毛も浮かばなかったところが粋とは思われぬか。このNボックスといふ車、いま軽自動車市場を席巻してをり、他社が似非車を作って追随するほどの人気だ。ホンダ車特有の視界の広さ、ハンドルの操作性が抜群なことからこれは当然、糅(か)てて加えてわが家の主席運転手である愚妻が、この車をいたく気に入っていることが何よりなのだ。

思へば、私奴の運転歴は延べ五十年、在京時代も電車は乗らず車一辺倒の生活で、隅田川の東こそ疎いが東京を隈なく乗り回し、なお貰ひ事故以外は事故なしの名伯楽ぶりだったが、寄る何とやら、この数年はハンドルを握ることがめっきり減ってゐる。それと言ふのも、生まれつき車好きの愚妻が、これ幸いと運転席を乗っ取ったからだ。

半世紀も車を転がしてゐれば、助手席に踏ん反り返ってゐれば何処へでも行けるのは、これ将に贅沢。味を占めれば止められない。そんなこんなで、わが家の運輸大臣は外務、大倉を兼務する愚妻で、私奴はいまや浮世離れの境地、どうせITまみれのこの新車は手に負へまいと観念してゐる。

この新Nボックス、見れば何とも優雅なメタリックな深緑色、我らの齢相応に落ち着きがあり、乗れば十年の差は明らか、居住性は抜群だ。センシングがどうの、オートクルーズはかうなってゐるなど、新装の装備を確認しつつ驚き喜ぶ愚妻をみれば、これはなかなかよき買い物をした、と実感しきり。

ことと次第によっては、私奴の運転歴も程なく終焉することになるやも知れぬ。IT重装備の新Nボックスを操って愚妻の運転技能がさらに冴へ、私奴は事もなく助手席生活を全うできれば、それはそれでよし、とせねばなるまい。




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