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論語 №117 [心の小径]

三六五 子のたまわく、驥(き)はその力を称せず、その徳を称するなり。

           法学者  穂積重遠

 名馬は冀北(きほく)に慶するというところから、「驥」という。

 孔子様がおっしゃるよう、「名馬というのは、日に千里を走るというようなその力をほめるのではなくて、順良で悪癖がないというその徳をたたえるのじゃ。」

 もちろん人にたとえたのだが、「いわんや人においてをや」というような蛇足を添えないところが、『論語』の文章の簡潔さである。

三六六 或ひといわく、徳を以て怨(うら)みに報いば何如。子のたまわく、何をもってか徳に報いん。直きを以て怨みに報い、徳を以て徳に報ゆ。

 ある人が、「怨みに報いるのに徳をもってしたらどんなものでしょうか、実に高尚な ことと思いますが。」とおたずねしたところ、孔子様がおっしゃるよう、「怨みに報いるに徳をもってするなら、徳に報いるには何をもってしたらよいだろうか。釣合いの取れぬことになりそうだ。怨みに報いるには公平無私の正しき道をもってし、徳に報いるに徳をもってすべきじゃ。」

 老子は「怨みに報ゆるに徳を以てす」と言い(恩始章)、キリストは「汝らの仇を愛し汝らを責むる者のために祈れ。」と説く(マタイ伝五の四四)。理想主義としてまた宗教心としては正に然(しか)あるべきだが、孔子様の教は実際的、常識的で凡人のできそうなところをねらう。しかしわれわれ凡人としては、むしろ老子流・キリスト流に心がけて辛うじて孔子流までゆけるのではないだろうか。終戦後特に男を上げたのは蒋介石である。日本に対するその態度は、正に「直きを以て怨みに報いる」もののようだ。

三六七 子のたまわく、われを知ることなきかな。子貢いわく、何すれぞそれ子を知ることなからんや。子のたまわく、天を怨みず、人を尤(とが)めず、下学(かがく)して上達す。われを知る者はそれ天か。

 これは孔子様七十一歳の時のこと。「とうとうわしを知ってくれる者がなかったことかな。」と歎息された。そこで子貢が慰め顔に、「どうして先生を知らない者がござりましょうや。私ども門人をはじめ天下の心ある者は皆先生の聖人たることを知って、随喜渇仰(ずいきかつごう)していることでござります。」と言った。すると孔子様がおっしゃるよう、「イヤイヤ、わしが言うのはわしを知って国政をまかせてくれる国君がなかったことをいうのだが、わしの理想なる先王の道を現代に行うことができなかったのを遺憾とするので、人に知られなかったことを怨むのではない。知られようと知られまいと用いられようと用いられまいと、いずれも天命だから、わしは天をも怨まず人をもとがめず、下(しも)は卑近な人事から学び始めて、上(かみ)は高尚な天理まで一通りきわめつくしたこと故、わしはそれで満足で、たとい人は知らずとも、わしを知ってくれるのは天であると確信して、天命に安んじているぞよ、心配するな。」

 「何すれぞ子を知ることなきか」とよむ人もあって、それだと、「どうして先生を知らないのでしょうか」ということになり、子貢の言葉の意味は違ってくるが、いずれにしても孔子様の言葉には変りがない。伊藤仁斎いわく、「何をか天これを知ると謂(い)うや。いわく天に心なし、人の心を以て心となす。直なるときはすなわち喜び、誠なるときはすなわち信ず。理到るの言は、人服せざること能わず。これ天下の公是にして、而して人心の同じく然る所、これを以て自ら楽しむ。故にいわく、われを知る者はそれ天かと。この理や磨(す)れどもウスロがず、摧(くだ)けども毀(こぼ)たれず。当時に赫著(かくちょ)ならざりしと錐も、然れども千載(せんざい)の下必ずこれを識る者あり。これ聖人の自ら恃(たの)みて欣然(きんぜん)として楽しみ、以てその身を終えし所以なり。」

『新訳論語』 講談社学術文庫




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