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過激な隠遁~高島野十郎評伝 №47 [文芸美術の森]

第七章 「小説なれゆくはて」 11
 
      早稲田大学名誉教授  川崎 浹

家の前に土を盛られる

六月八日
 家の前に土盛り始めた。ブルドーザーで家がブルブル震える。盛り土で出入りも出来なくなった。

六月十日
 土腐りつづけている。南の方庭を大分侵略した。

六月十一日
 柏に行くのに玄関の方遂に出られなくなったので裏から工事場に出て行く。

六月十七日
 田村と田端が裏から来た。田村はとにかく川名の方に急いで越せという。団地作りが出来ないから。以前、地所をきめた時この地でいいという承認書を田村とコブタで書いてサインさせられた紙片を出して、こんな書類があるのだからという。彼が持っているのをひと目見たら書いてある最後にサインしてあるのに、その後に又長い文章が書かれている。何か勝手な事が書き加えられているらしい。勝手に偽造している。田村一人でしきりにしゃべっている。要するに書類が偽造されたのである。

 六月には団地を売りに出すのだからお客さんが沢山やって来る。そしてあの家はどうしたのかと聞かれると困るのです。こんなみすぼらしい家があるとりつばな団地を造るには目障りになる。みっともない。結局買い手がつかなくなる。団地も急ぐのだから引っ越さないと差し押さえなくてはならなくなる。又個展も差し押さえすることになります。同じ事を何度くりかえしても同じだ。大義名分が無い処には高島は殺されても行かない。尚遺言しておくが前にも話したようにここは墓場だ、ここを取ってその墓場をどうしようというのか、会社に帰ってそれを聞いて来い、これは重役会議ではだめだ、最高責任者つまり社長の考えを一筆確かめて来い、それによって団地に渡すか否かをきめる、高島さんは私一人を悪人のようにいわはるけど、と言いかけて立ち上がり、田端氏に事務所でお待ちしていますお先に失礼しますと立って行った。高島の方見向きもしないで何か決心したらしい。後で田端と二人。田端今日は殆ど口を開かなかった。川名では村中で高島さんを歓迎しますが、高島さんはあの家に来られてもすぐにいやになるかもしれません。あの家今はとても静かな処ですが、廻りの土地を買い占めした者があるので、目下ブルドーザーを入れて地ならしをやっています。別荘地にでも売るらしいです。私達地元の者も考えなくては
なりません。と言っていた。

六月十八日
 朝、伊藤氏来る。昨日田村とコブタと来て高島を何かとなだめてくれと頼みこんだ由、コブタは事務所に待っていたらしい。裁判に持ち出して強制収容し今日までの費用損害を賠償させ、個展を差し押さえするような事言っている由。玄関前の作業昨日から中止している。田端が来たからか。

六月二十二日
 玄関前盛り土で郵便員が来られないので草を刈って土の上に並べて何とか通れるようにする。前にダンプ一台置きっぱなしにしてある。一台ダンプを休ませると一日二十万円の損になると言っていた。その損害賠償請求のためか。

七月四日
 裏から三人、玄関に廻ってきた。一人は事務所の家内らしい。二人を上げる。裁判所の執達吏と東急の弁護士、東急の名義でこの建物を差し押さえるのだそうだ。玄関の内側に張り紙して行った。つまりこの家を他人に売り渡したり貸したりしてはいけない、だが本人が使用住居するのは今まで通りに差し支えないとの事、全く何の事もない。

七月九日
 裏が屋敷と埋め立て地の間に水溝が出来て通れない。それで橋のように木を二本並べて渡す。向こう岸は仕方なく団地側にかかる事になる。

七月二十二日
 柏に買い物に行くため裏から出て車道を通っていたら労務者が自転車で来た子供に此処は道ではないから通ってはいけないよと言った、私に言ったのだろう。

八月二十六日
 敬老金受けとりのため市役所に行き、ついでに家の便所今まで野菜作りに使っていたので困らなかったが百姓が出来なくなって、汲み取りもできず、汲み取り方を衛生課に寄って申し込む。汲み取り車は今裏口からだと一メートルの処まで近づけるから来る道は団地事務所に尋ねるとよいと言っとく。受けつけてくれた。夕方帰ったら郵便局の通知書入っていた。特別配達が来ているから受け取り方を知らせよとの事。何の郵便か。

八月二十七日
 朝から裏口の方に土運びダンプが列をなして運んできて、大型ブルドーザーが二、三台で引っかき回し、監督や事務の連中が大勢見守っている。何か言ったら総がかりでたたきっぶされそうで怖ろしい情景、親方たちも裏の柿の木に弁当や水筒をかけ、その下に敷物を持って来て自分たちの休息酒場にしている。まるでここは空き家無人としてあるらしい。一日その太さわざをつづける。家もぶるぶるふるえるので画の仕事はもちろん出来ない。

八月二十八日
 今日も朝から昨日同様土盛りブルドーザーの大さわざ。朝、玄関の戸開けて見たら玄関のすぐ入り口に大きなクソをしている。外からはだれも来る者は居ない。労務者達の仕業だろう。郵便配達員がふんではいけないと、松の青枝を祈ってきてその上に立てておく。スコップをだれか泥棒して行ったので、除くことも出来ない。画室のかべに張っていた月光菩薩合掌の写真がなくなっている。くまなく探したが無い。だれか裏戸の鍵を開けて入り持って行ったのか。気持ちが悪かったのか、たたられそうで、台所のカーテンも締めて出たのに、開いたあとがある。
 今度の土運びやブルドーザーの連中は新顔だ、埼玉から来たらしい。土佐組と車に書いてある。これまでのブルドーザーは四、五台東の丘の上に一所になって置いたまま久しく動かない。家の廻りの仕事をいやがったのか、そのため新規を連れてきたらしい。監督もこの家は何だか分からない顔。この男一体何かわからない表情をしている。郵便局にも行かねばならないが、どうにも出られない。出かけて家をあきやにしたら何されるか分からない。また彼らの間をぬけて通ったらブルドーザーに轢き殺されるだろう。

八月三十日
 昨夜から雨ふりだす、一般の土方は休んでいる。しかし家の廻りの土運びとブルドーザーは仕事をつづけている。とにかく雨で土ホコリが立たないので有難い。

八月三十一日
 今日は局に行こうと思っていたら裏から世田谷清氏の夫人と若夫人が来た。この土山の上をよく越してきたものだ。足のけがの見舞を二度送ったが二度とも返ってきたので持ってきたと。とにかく上がって話す。この情況驚いている。四時頃帰って行った。この土山の上に待たせてある高級車に土方達驚いたのか、ブルの連中少し静かになった。
 今日も少し後となって局に行くのはだめになった。

『過激な隠遁~高島野十郎評伝』 求龍社


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