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浜田山通信 №285 [雑木林の四季]

もろい鉄筋コンクリート造

         ジャーナリスト  野村勝美

 我が家のマンション団地は京王井の頭線の浜田山駅から百メートル弱のところにあり、一棟が1階に3戸、2,3階で一戸が4戸の計7戸、メゾネットタイプという。広い敷地に10棟あり、 駅前からの中心通りの両側には商店街もある。築40年、去年の夏頃から大規模修繕工事が進んでいる。一棟すっぽり足場が組まれ、網目のシートがかぶさっている。壁面に飾られている煉瓦タイルがはがれたり、継ぎ目のセメントがボロボロになったので雨水が染み込んで台風の時など天井にまで入り込んでくる。
 セメント、コンクリートというものは実は弱いものだ。鉄筋コンクリート造は半永久的なものだとばかり思っていたが、たかだか40年だ。
 浜田山の駅から西永福寄りに7、80メートル行ったところにあるイイダヤという中堅スーパーのビル(2F)は、昭和60年定礎と金属板がはめこまれているからまだ36年しかたっていないが、家主は全面建て替えで3月末から一年数か月スーパーは休業する。 
 ヨーロッパの古い建物は、ローマで見た石造建築など30年ほど前に旅行した時、いまだに使用していると言っていた。石造と鉄筋コンクリート造は全然別物だ。ヨーロッパは地震もなく地盤がしっかりしているので、2000年前の、鉄筋なしの石造建物がどっしりと建っている。
 それにしてもコンクリートがこんなにもろいとは思わなかった。タワーマンションなどどうなるのだろう。まったく人間の作るものなどロクなものはない。その最悪な物は原爆だ。そして原発だ。フクシマはどうにも手をつけられないで、現状のまま凍結させておくしかない。原爆被害の生き証人だった関千枝子さんは中山士朗君との往復書簡を残して先立った。核廃絶を訴え続けた関さんは、早大露文科卒の私と中山君の一つ年下で、毎日新聞でも一年下の入社だった。私は会社が倒産の危機に陥ったとき、肩叩きにあって退社したが、関さんはミッチーブームの取材の後退社している。彼女との繋がりは、それだけではない。『県立広島第二高女二年西組』は筑摩書房から出版されたのだが、その時の編集者は中川美智子さんというベストセラー作りの敏腕編集者だった。私は彼女と能、狂言、文明批評家として有名だった戸井田道三先生の所で知り合い、今も時折、おもしろそうな本があると推薦してもらっている。持ち込み原稿や無名の人の作品を取り上げるのは、編集者として頭の痛いところだが、『県立広島高女二年西組』が文庫となり、10刷ぐらいまで行ったのは筑摩書房のためにも良かった。私は関さんや中山君と比べると、文章といい論旨といい、ボヤけたものしか書いてこなかったので、恥じ入るばかりだ。ことしの関さんからの年賀状に「浜田山通信、怒っていますね。楽しみに読んでいます」と添え書きがあった。情けない一年先輩へのシッタ激励だった。中山君との往復書簡、実にみごとなものです。もっともっと多くの人にすすめてください。      

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