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地球千鳥足 №141 [雑木林の四季]

「生涯精進!(母84歳)」、「直進!(父88歳)」の遺訓、守れているかな?  

    グローバル教育者・小川地球村塾塾長  小川彩子 

 人生は旅、ゴールは人様々、スピードも歩き方も異なるだろう。直進型や周辺・海辺の風景を味わいながらのお楽しみタイプ、等々。知の木々舎に地球千鳥足というタイトルで旅行記を連載させて頂いて来た筆者、今月は我が人生航路の反省記にさせて頂こう。筆者は、57歳でアメリカ支社の代表としてCincinnatiに赴く夫に伴い52歳で渡米、着いた翌日に大学院の門を叩き、語学の壁に苦しみつつ55歳で修士号を取得、暫くは大学で教えるだけだったが58歳で博士課程に挑戦し、60歳で教育学博士号を取得、教鞭をとり続けた。
 母、八重子は84歳時(1998年)、還暦の娘、筆者が、アメリカで教育学博士号を取得したと、博士論文を見せて報告するために帰郷した時、流麗な墨でこう揮毫した:
静かな泉の水は涸れる:「精進し続けよ!」というメッセ-ジである。筆者はこの語句を
“Constant renewal keeps the oasis alive” と意訳し、アメリカに登録する博士論文の目次前のページにWords of Wisdom by Motherとして挿入した。今も母のメッセージのプレッシャーがあり、心身には休憩がない。この母は21年前、誕生日前日に96歳で死去、「鳥取県立米子高等女学校」と言うのが最後の言葉だった。法勝寺という田舎から学年で1人電車通学し、ここで多く学んだことが彼女の誇りだったようだ。
 父、春三は88歳の時(平成8年=1996年)、力強い筆でこう揮毫した。
直進:当時の文検、今でいう大検か、を独学でパスし、高等学校で教えてきた父の、この語句の理解は易しいが実行は難しい。「真っ直ぐ進め」とは、一体何をしらいいかな、と、約10年前アメリカの大学の教職を終え、帰国するにあたって考え、悩んだものだった。
   アメリカでは日本語、日本文化から教え始め、専門が出来てからは多文化共生やグローバル教育を教えて来た。帰国後暫くは学会発表で、「共生の教育と“文化のカプセル”」等のタイトルで多文化共生を発信、学会長賞も受賞した。我が家のパーティー、小川地球村塾でも多文化共生の重要性を発信しているが、日本の奥深い伝統と魅力的な文化を次世代に繋げていく活動は勿論必要である。同様に、世界中の国々に奥深い伝統と魅力的な文化があり守らねばならない。世界平和のためには世界中の学校で「多文化共生とグローバル教育」と、何でも話し合いで解決する「平和教育」が必須だろうと考える。問題解決は核のボタンではなく話し合いで。教育現場に居る人は勿論、現役を終えた我々も、常にどんな平和活動が出来るか熟考し、ささやかでも行動しよう。日本が現在保有する、チョッピリ危機に瀕している平和を次世代に残すよう、精進(母の遺訓)し、世界平和のために直進(父の言葉)しなければならない。出来ることからから始めよう。

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筆者が還暦で、アメリカで博士号を取得したときの母の揮毫
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学生時代の家族(筆者・右後)


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