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ケルトの妖精 №44 [文芸美術の森]

シェイクスピアと「夏の夜の夢」の妖精 1

        妖精美術館館長  井浦君江

 ミッドサマーの前夜のことだった。
 ギリシアのアテネの森で、妖精王オーベロンと妖精女王ティターニアが言い争いをしていた。
「せっかくの月の夜なのに、そなたに出会うとは残念だな」
 オーベロンは皮肉っぼく言った。
「ええ、そのとおりですわ、嫉妬ぶかいオーベロン。あなたの寝所はもとより、あなたのそばにさえ近寄らないと、わたしは誓っているのですから」。ティターニアは言い返して、「さあ、みんなお逃げ」と侍女たちに言った。豆の花、蜘蜂の巣、辛子種、蛾の君といった名前の妖精たちがティターニアの侍女だった。
 そして、会えば浮気を責め合い、皮肉を言い合う妖精の王と女王のいさかいがもとで、春、夏、秋、冬、そのときどきの装いを見せるはずの季節も狂ってしまい、白髪の冬の霜が紅薔薇のみずみずしい夏の膝の上におりるかと思えば、冬将軍の氷の頭上に夏の花のつぼみが花輪のように飾られるといった始末だった。
「洪水が起こり大地を水浸しにし、豊餞を祈って踊り明かす夏のひと夜はどこへやら、月の女神も怒りに顔を曇らせています。それもこれも、わたしたちのいさかいからなのですよ」
 と、ティターこアは嘆いた。
 このいさかいのもとは、ティータこアが庇護しているチェンジリング(取り換え子)のインドの少年を、オーベロンが自分の小姓にしたいと言いだしたことにはじまった。ティターニアはオーベロンの身勝手を怒って、首を縦に振らなかったのだ。
「この森にいつまでいるのだ」とオーベロンはたずねた。
「アテネの大公シーシュースとアマゾンの女王ヒポリタの結婚式のすむまでです。もしあなたが、わたしたちの踊りにつきあってくださり、月夜の宴を見てやろうとおっしゃるのなら、どうぞご一緒に。おいやなら、あなたのお邪魔はいたしません」
「あの子をわたしのもとによこすがよい。そうすれば気のすむようにしよう」
「それだけはおあ㌢らめいただきます。妖精の国ぜんぶをもらっても、あの子は手放しません。さあ、妖精たち。もう行きましょう。いつまでも一緒にいるとけんかになる」
 ティターニアは言って、その場を去った。
「ティターこア、なぜ夫のわたしに盾つくのだ」
 オーベロンはいらだって、「もうよい、勝手にせい」と叫んだ。
 そして、パックを呼びつけて言った。
「パック、おまえは知らないだろうが、浮気な神キューピッドが、純潔の女王を狙って恋の矢を射たことがある。その矢は月の清らかな光に邪魔されて、飛ぶ力を失ってしまった。落ちたところには小さな花が咲いていて、恋の矢傷を受けたその花は、色を紅に変えて惚れ草となった。その花の汁を眠っているものの瞼(まぶた)に塗ると、恋の想いにとらわれて、目を覚ましたとき見たものに夢中になってしまうのだ。さあ、いまからその花を摘んできてくれ、いますぐにだ」
 「このパックは、地球を巡るのに四十分もかかりません。急いで行ってまいります」
 パックは答えて、すぐさま出かけた。そしてまたたく間に、恋の矢傷を受けた花を掲げて戻ってきた。
 オーベロンは花の汁の惚れ薬を手にして、ティターこアのところへ出かけていった。
 窮香草(じゃこうそう)の花が咲き乱れ、桜草がつぼみを開き、すみれが風に吹かれている小さな丘のそば、サンザシの茂みに窮香いばらを天蓋にしたティターニアの寝所があった。茂った蔦が垂れさがり、忍冬(すいかずら)が甘く香っていた。
「さあ、輪になって妖精の歌を歌い踊っておくれ。それがすんだら、窮香いばらのつぼみについた毛虫を殺しておいで。煽幅(こうもり)と戦って、つばさの皮を剥ぎ取って、小さな妖精の着物をっくっておやり。それから、夜ごとにホーホー鳴いて、かわいい妖精たちをこわがらせるふくろうも追いはらっておくれ。みんなで手分けしてね。さあ、その前に歌を歌って寝かしつけておくれ、仕事はそのあとでね」
 ティターこアは妖精たちに言った。
 そこへオーベロンが現れて、その上を飛びまわってから、ティターこアの寝所におりたった。そして、花のなかで夢を結んでいるティターニアの瞼に惚れ薬をぬりつけた。
「これでよい。ティターニアの心には忌まわしい想いがむらむらとわきあがる。獅子であろうと熊であろうと猿の尻であっても、目が覚めて何を見ようとも、それがおまえの誠の恋人なのだ。そやつに恋焦がれて苦しむがよい」
 オーベロンは言った。(つづく)

『ケルトの妖精』 あんず堂


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