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渾斎随筆 №74 [文芸美術の森]

文化の自覺 1

            歌人  会津八一

 「文化」といふ言葉は、明治以来のもので、決して今さら新しいものでなく、ことに戦争中などは、文化文化といふ人は、變な日で睨まれたりしたので、人の憤しむところであったが、終戦とともに流行り出し、今では一にも文化、二にも文化で、文化精神、文化活動、文化施設などと随分の景気であるが、ずつと前々からのことを、長い眼で見渡すと、何の場合にもさうであるやうに、それをいふ人が必ずしも解っていってゐるのでもないらしい。だから、その文化といふものが、よほど進んで居るやうに、うかうかと信用も出来ない。いくら口々に唱へて、大變な騒ぎ方をしても、その文化なるものが、深く人の心の中に根を下ろしてゐるのでないと、それは本物の文化ではない。昔から穿き慣れた股引を脱いでズボンにし、羽織をやめてモーニングにし、盆踊りをダンスにし、握飯をサンドウィッチに取換へたからといっても、それですつかり文化的になったといふわけには行かない。日本髷が不経済だからといってパーマネントにしたいなら、それでもいいが、そんなことが何も大した文化的進歩だなどいふほどのことでない。そのモーニングなりパーマネントなりで、散歩なりダンスなりしてゐるうちに、どんな身の持ち方をするかといふところから、文化的か、さうでないかがきまる。
 徳川時代の末に、時の政府の命令で、使節としてアメリカへ行った数名の武士たちは、もちろんチョンマゲに大小を差してゐたが、その態度が極めて紳士的なところに、あちらの人たちが大變見直したといふことだが、着物や何かは、まるでアメリカの最近のところを真似して居るけれども、節操がまるで、なって居ないのでは、アメリカさんも感心しないだらう。
 世界の國々が國境を越えて、風習の上に、たがひに影聾を授けあひ、受けあふといふことは、いつもよくあることで、そのために、たがひに刺戟を受けて進歩の機會を得る。これは決して悪いことでないが、しかし日本人は昔からさうであるが、大きな外國の勢力に接觸すると、まるで自分をゼロにして、外来文物の影響に随喜して、その模倣に全力をあげる。そのために利益を受けたことはいふ吾もないが、あまり旨分を没却して模倣ばかりやってゐるのでは、受け入れたものが、ほんたうの意味で消化して、自分のものになり切らない。そこへ、またほかの刺戟を受けて、すぐまたその模倣に全力をつくす。そこで、いつまでも人眞似で暮らすことになる。日本人には長所はあるが、ここのところは、何としても短所であらう。
 そこで、ほんとの意味で文化生活を進めて行きたいならば、こんな具合にすぐ、表面的にに惚れついて、すぐまた次ぎつぎへ移るやうな浮気な傾向に、よく気がついて、もつと重厚な態度で、進歩の径を求めなければならない。
 美術や文學のことは、いろいろ文化的の事象の中でも、一番微妙だから、これにたづさはる人たちは、気をつけなければならない。一冊の新刊が出る。何所かで繪の展覧會が開かれる。それを讀むとか、または見物して来るとかする。そして互にその印象や感想を語り合ふ。こんな光景が、幾日も何所かのカフェーか何かの卓上に展開したとする。こんなことをするのが、よほど文化的だとその連中は思ふかもしれないが、そんなことが文化的といふほどの價値があるか無いかは、それをやってゐる人達による。文學書や繪の批評さへして居れば、文化的だなどといふわけには行かない。ほかの御客に迷惑にならないやうに、静かにお茶を飲んで歸ってくれる方が、ずつと文化的な場合が、あまりにも多い。自分の実力は棚に上げて、人の批評などをしたところで、誰のためになるものでもない。もし人の作ったものを見て、何か感じたことがあつても、何も急いで人の前でそれを述べたてるには及ばない。人の前でいはなくとも、自分が作る時に、そんな風にならないやうに気をつければ、それでいいわけだ。批評は必ず無駄だといふでもないが、無駄でなくとも、無駄に近い批評が多い。そんな批評よりも黙々として、それを作った人の心の中を味つて見たいものだ。つまり眞劍に勉強すべきだ。  
                   『新潟日商』昭利二十七年一月一日)

『会津八一全集』中央公論社


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