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過激な隠遁~高島野十郎評伝 №44 [文芸美術の森]

第七章 「小説なれゆくはて」 8

     早稲田大学名誉教授  川崎 

「画室は神聖です」

昭和四十五年(一九七〇)一月六日
 労務者たち六日まで休む。静寂でいい。

一月十六日
 番頭来る。引っ越し支度できたかと。あの家には移らないと宣言すみではないか、それはあんまりカワイソウですよ、とぼやきながら帰って行った。

一月二十五日
 懇意の村人来る。種々話した。団地の奴等みんなサギだ、自分もあやふやなことばかりの無責任にだまされてばかりいると。

一月二十七日
 コブタが館山の工務所請負人と大工をつれてきた。それと田端夫妻(これは後での話で分かったが.高島さんがどうしていられるか病気にでもなっていないか、とにかくやって来たのだそうで増尾駅で方角が分からなくなり、コブタに電話したら今ちょうど行く処だと。請負師たちは東急に用があってきたという)。
 引っ越しと寄付はどうなっているのですか。実は先日館山市から税金割引の申請を出せとの通知があった。これで見るとあの家は明らかに高島の名になっていると見える。こんなエタイのしれぬ家には住まえない、高島というこの私自身には関係のない処だからこの通知書も放っている。何のことか分からない。コブタ急に怒り出してドナリ始めた。このギゼン者野郎、この野郎何もかもギゼンだとドナリ出した。皆あっけに取られてポカンとしている。
 今日は殆どギゼンという言葉でドナリつづけた。やっぱりなぐり倒しそうな姿勢で迫ってくる。先日もあの家には入らないと宣言したように今改めてはっきり宣言する。あの家には移らない、入らない、請負師がやっと口を開いて芸術家には芸術家の気持ちがあるでしょう、先生はあの家には行かぬと言われる。先生やっぱりそれを通されるでしょう、ええ、そうです、通します、それでは仕方ない、だがこんな団地屋連中が度々やって来てワイワイ騒ぎ立てるような処に居たくない。画室は神聖です。ここは団地屋なんかと話をする処ではない。叉こんな話をした事はかつてない。ここには当分来ないがいいと友人知人に知らせているからここの処だれも殆ど来ないが実はずい分多くの友人達がやって来て一日色々話し合ったりする、だがだれもこの団地屋みたいな話をする者は居ない。皆な芸術の話ぽっかりだ。私も生まれて初めてこんな奴等にやってこられた。ここは結局いやになった。一刻も早くこんな連中の来ない処に逃げて行きたい。日本の番外地をさがしたいと思っている。近日実は能登の地の北端の辺をさがLに行こうと思っている処だ。
 請負師が能登とか番外地とか寒くてだめですよ、お年も取っておられるようですし、体だけは気をつけてくださいよ。御安全を祈っておりますよと言った。コブタと請負大工は先に帰った。玄関でコブタは田端さんのお話をよくお聞きなさい、と言いすてて出て行った。

…コブタは言うのです。東急は大資本で決して不正をしない。又あんなちっぽけな土地を買ったら禁止の地に出願したりはしない東急の信用と面子にかかわる、だがどこの馬の骨だか分からないような無名のルンペン画かきの名で出願すれば通してくれる。だから高島の名で出願建築するよりほか仕方ない又そうしたのだとコブタは主張している。そして無理にでも高島をあの家に…(省略)
 川名の新築は明らかに資金を出した東急の建物だ。これに高島がむりに入り込むとすれば、これこそほんとうのギゼンでありサギだ。これをさせようと強要する彼等こそ何もかも一切がサギだ。とにかく禁止の地に出頭を骨折らせたり、色々な手続きを頼んだりしているのは田端氏を侮辱している。悪いことは何もかも他人にさせてコブタは東急の面子ばかりを化粧しようとしている。
 ここで一切を東急の名義にしてそれを市に寄付し公共事業に使う。その暫くの間を高島に使用させる。そうすることより外にあの建物に高島の入る名分は出来ない。いずれ高島は永くは使わない。アトリエの使用も今日すぐというわけではない。こういう事にすれば大義名分が成り立つ。(省略)
 しかし夫人はとにかく市長に話して寄付をすませてしまった。これで先生が行かないと言われると田端が市長をだました事になるから困ってしまうのです。
 そのうち私が市長に会って話をするとか、手紙をくわしく書いてもいいです。もっと時の経つのを待ちましょう。何も急ぐことはありません。急いでいるのは団地側です。殊にコブタです。かれはこの地をどうしても早く手に入れて会社に手柄を立てなくてはならない。だが私は最初から協力しないと言っているのです。私は自分の研究にだれの邪魔にならないようにこの世間離れした地に来たのです。ただこの環境が変わって居るに適しなくなったら、私は私の意志で移転して行きます。


『過激な隠遁~高島野十郎評伝』 求龍社




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