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日めくり汀女俳句 №75 [ことだま五七五]

八月七日~八月九日

       俳句  中村汀女・文  中村一枝

八月七日
撫子(なでしこ)も木賊(とくさ)の丈も秋に入る
            『都鳥』 秋に入る=秋
 
 まだ八月に入ったばかりなのに暦の上では立秋。猛暑の最中に秋なんかと思うのだが、
季節の流れは不思議なもので、その辺を境にして朝晩の空気の流れが変わっていく。高原
や山ではひそやかな秋を感ずることが多くなる。
 夏の山花の代表と言えばヤナギラン。華やかな色合いの少ない山では、濃いピンクが目
立つ。オカトラノオ、クガイソウ、シモツケ、ウスユキソウ、どれもひっそりしたたた
ずまいがいい。間もなく松虫草が薄紫のたおやかな姿を見せる。吾亦紅(われもこう)の可憐、山に秋がくる。

八月八日
指し示す霧うべなひつ夏の山
          『紅白梅』 夏の山=夏

 暑熱の東京を後に、標高一六〇〇メートルの山の家に来た。気温一六度の別天地、東京
でうだっている人に悪い気がする。東京にいる時はしつこい夏風邪に悩まされ鼠に右往左
往し、さらに最近加わったダニ、戦争中の悪夢を再現させる痔さに耐えやっと逃げ出せた。
 でも三宅島や神津島の人は逃げ出すにも逃げ出せない。南の島は海風は爽やかでも、足
下が常時ゆれている不気味さは鼠やダニの比ではない。いつも不安を抱えつつ、それでも
前に向かって生きるしかない。それが生きるっていうことだろう。

八月九日
夕顔の開きし蓋(しべ)は夕日得し
          『春雪』 夕顔の花=秋

 戦後、汀女は数多くの、才能を持った女達と知り合うことになった。とりわけ富本一枝
との出会いは彼女の生き方に新しい一頁を開いた。尾竹紅膏のペンネームで、青踏時代か
ら知られた婦人運動の先駆者、陶芸家富本憲吉夫人でもある。
 奇しくも私と同じ名前を持つこのおばさんを、下北沢の汀女の家で何回か見た。黒い長
い髪をくずしてかきあげる今風の髪型だった。裾長の黒っぽい着物の衿足をみせていた。
 汀女は富本さんがくると、彼女の好物だというエビを台所で煮ていた。奥さんらしい汀
女を初めて見た。

『日めくり汀女俳句』 邑書林


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