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医史跡を巡る旅 №82 [雑木林の四季]

緊急事態宣言下番外編 巡査、コロナの先走り
 
        保健衛生監視員  小川 優

いやだ、いやだよ 巡査はいやだ 巡査コロナの先走り

今回も不穏な始まり方で申し訳ありません。
緊急事態宣言として予定された期限を、あと1週間ほどで迎えます。しかしながら、感染状況に明らかな改善は見られません。東京の場合、1,000人を少し下回っただけで、「あ、今日は少ないな」位にしか思わないほど、感覚が麻痺しつつある自分が悲しいです。
そのような状況に乗じて、というよりそのような状況から少しでも目をそらせようとするかと勘繰らざるを得ないタイミングで、新型インフルエンザ等対策特別措置法と感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律(感染症法)の改正が進められています。国会でも論ぜられたように、大きい問題となったのが感染症改正の以下の点でした。
○入院勧告・措置の見直しとして、入院措置に応じない場合は又は入院先から逃げた場合に罰則を科することとする。
○積極的疫学調査の実効性確保のため、新型インフルエンザ等感染症の患者等が質問に対して正当な理由なく答弁をせず、若しくは虚偽の答弁をし、又は正当な理由がなく調査を拒み、妨げ若しくは忌避した場合に罰則を科することとする。

当初閣議決定された案は、以下の通りでした。
入院の勧告若しくは入院の措置により入院したものがその入院の期間中に逃げたとき、又は正当な理由がなくその入院すべき機関の始期までに入院しなかったときは、一年以下の懲役又は百万円以下の罰金に処する。
当該職員の質問に対して正当な理由なく答弁をせず、若しくは虚偽の答弁をし、又は正当な理由がなくこれらの規定による調査を拒み、妨げ若しくは忌避したときは、五十万円以下の罰金に処する。

懲役はもちろんですが、罰金も刑事罰とされ、交通違反反則金や、行政罰としての過料(あやまち料・代表的なものとしては、自治体の定めるタバコポイ捨て禁止条例違反で支払うものなど)とは異なり、「前科」がつくこととなります。当初は「懲役」のみをなくすという譲歩がなされましたが、罰金でも前科ですし、もちろん逮捕される可能性もあります。法律の専門家からの指摘もあり、結局刑事罰ではなく、行政罰としての過料に落ち着きました。

しかし過料とすることで、問題がないわけではありません。「実効性を担保」との主張がありますが、実際の運用上の課題として、まず誰が取り締まるのか。現場で違反の認定と処分ができるのか、そしてそもそも誰が過料を課すかという点について、はっきりとした方針が示されていません。ただでさえ人員が不足している保健所では、とてもではありませんが新たな負担を負うことができません。
報道によると、26日の予算委員会の野党質疑に対し、答弁に指名した首相や厚労相ではなく、国家公安委員長が「拘束して、体調を見ながら病院に引き戻す」旨発言したとされます。執行を警察官が行うという前提なのでしょうが、そもそも「拘束」という行為は感染症法上認められず、逮捕状なく警察官に身体拘束を行う権限はありません。近い行為としては、警察官職務執行法に依る「保護」がありますが、精神錯乱又は泥酔のために自傷他害の恐れがある場合か、適当な保護者を伴わなくて、応急の救護を要すると認められる病人に限られ、しかも本人がこれを拒んだときには適用できません。ましてや刑事罰相当でなければ現行犯逮捕も難しいでしょう。

感染症法における入院勧告および入院措置は、行政法上「即時強制」の代表的なものとされます。即時強制とは即時執行ともいわれ、緊急避難的に差し迫った状況下で、国民の自発的な対応を待てない場合に限り、その身体や財産に対して実力を行使して、行政上の目的を達することを言います。ただし即時強制とはいうものの、同意なく執行できるというだけで、どこまで実力を行使できるかは十分に議論されなければなりません。
同じような法律の建付けとしては、「精神保健及び精神障害者福祉に関する法律」(精神保健福祉法)と、大阪池田小学校事件を契機として整備された「心神喪失等の状態で重大な他害行為を行った者の医療及び観察等に関する法律」(心神喪失等医療観察法)があります。これは自傷他害という明らかに差し迫った状況下でのみ限定的に適用されるものです。入院措置そのものが、身体の自由を奪う重大な行為であるのに、感染症法における同行為の解釈が十分に検討されているとは言えません。そもそも感染者が他の者に感染させる虞(おそれ)、そして拒否や脱走という行為の結果、社会的に緊急性・重大性のある実例があったのかどうか、その件数も示されておらず、立法事実として十分ではないと思われます。ちなみに昨年3月に報道された愛知県の事例は、自宅待機の検査陽性の男性が、感染の事実を知りながら飲食店を利用して従業員に感染させたものであり、今後同様な事例が発生しても法改正での罰則対象にはなりません。ちなみに現行法解釈でも、このような事例で威力業務妨害、そして人に故意に感染させた場合は傷害罪となる可能性があります。最高裁の判例として、傷害罪は暴行に拠らずとも、感染させる懸念のあることを認識しながら病毒を感染させた場合も成立するとしています。

立法事実として政府が挙げるのが全国知事会から出されたとする緊急提言ですが、すでに昨年の緊急事態宣言中の4月30日に「実効性を担保するため法的措置を設けるなどの改善を図ること」との要請はその当時の政権に無視され、同年12月20日の感染拡大を受けての「感染拡大防止策の実効性を高める改正を早期に行うこと」の提言もGO TO優先の元で先送りされました。そして今年1月9日、再度の緊急事態宣言に危機感を覚えての緊急提言に至り、やっと、そして拙速に改正に至ったという経緯があります。

感染症法はその前文で、「過去にハンセン病、後天性免疫不全症候群等の感染症の患者等に対するいわれのない差別や偏見が存在したという事実を重く受け止め、これを教訓として今後に生かすことが必要である。」「このような感染症をめぐる状況の変化や感染症の患者等が置かれてきた状況を踏まえ、感染症の患者等の人権を尊重しつつ、これらの者に対する良質かつ適切な医療の提供を確保し、感染症に迅速かつ的確に対応することが求められている。」と明確に謳っています。前回ご紹介した明治時代のコレラ対策から、平成8年まで続いたハンセン病患者への迫害など、過去の感染症施策の過ちへの反省の上に成り立ったのが現行の感染症法だということは、忘れてはならないと思います。

あだしごとはさておき。
引き続き緊急事態宣言下のステイホームの一環として、疫病除け玩具第三弾、少し出遅れましたが今年の干支である「丑」を取り上げます。

「俵牛 土人形」

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「俵牛 土人形」 ~岡山 百々人形
ヒンズー教徒にとって牛は神聖なものですが、かつての日本人にとっても、牛は食用というより貴重な労働力であり、大切な財産でした。馬のような機動力こそありませんが、忍耐強く、力強いその力は運搬の手段として、また農耕の協力者として、常に庶民と共にありました。そのため神の使いとして、富をもたらすものとして信仰の対象ともされてきました。

「平河天満宮 撫牛」

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「平河天満宮 撫牛」 ~東京都千代田区平河町 平河天満宮境内
良く知られているものの一つが、天神様の使いとしての存在です。天神様と牛の結びつきについては諸説あります。天神様こと菅原道真が丑年生まれであったこと、また道真が左遷先で亡くなって、その棺を運ぶ牛車の牛が途中で止まって動かなくなった。やむを得ずその地に埋葬することとなり、そこが太宰府天満宮となったという伝説によるもの、などなど。

「牛乗天神 土人形」

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「牛乗天神 土人形」 ~江戸土人形
天神信仰の中で、境内にある牛の像を撫でることで学芸の上達が叶うという信仰に、やがて後述する撫牛信仰が結び付き、自分の体の悪い部分にあたる撫牛の部位をさすることで回復を祈るようになりました。

「平河天満宮」

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「平河天満宮」 ~東京都千代田区平河町
東京都千代田区の平河天満宮にある撫牛は、嘉永5年(1852)に奉納されたとされています。狛犬と同じく一対で奉納されたようですが、一体はいつの間にか失われてしまいました。

「牛嶋神社 撫牛」

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「牛嶋神社 撫牛」 ~東京都墨田区向島 牛嶋神社境内
東京都墨田区にある牛嶋神社は、天神系ではなく須佐之男命を祭神とする本所の総鎮守です。境内に文政8年(1825)に建立されたという牛の像があります。当社と牛の結びつきについては、戦災で記録を焼失したため定かではありませんが、江戸時代にはすでに病気平癒の霊験ありとして、撫牛が人気であったようです。

「牛嶋神社」

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「牛嶋神社」 東京都墨田区向島
牛嶋神社では、丑年ごとに牛のお守りを授与しています。すべての干支ではなく、丑年のみの牛の授与だけですから、今年を逃すと次の入手の機会は12年後になります。

「牛嶋神社 牛のお守り」

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「牛嶋神社 牛のお守り」 ~東京都墨田区向島 牛嶋神社
牛嶋神社の撫牛に通じる撫牛信仰は、江戸時代中期に始まったといわれます。自分の体の具合の悪い部分を撫で、次に牛の同じ部位を撫でることにより、病気の平癒を祈るという信仰、まじないです。病や病の原因としての穢れを神体や形代に移すことにより、祓うことができるという考え方です。

「臥牛 伏見人形」

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「臥牛 伏見人形」 ~京都府京都市
伏見人形は日本における全ての土人形の源流といわれます。伏見稲荷の参道で売られていた土人形が土産物として各地にもたらされ、製法が全国に広まったとされます。撫牛信仰の中で、自宅に祀るという発想が生じ、その形代として伏見人形として牛を模ったものが造られました。

「一文牛 伏見人形」

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「一文牛 伏見人形」 ~京都府京都市
その中で独特な意味合いを持たせられたのが、伏見人形の一文牛です。丸に十文字が描かれた素朴な牛で、お腹に小さな穴が開いているのが特徴です。江戸時代、この穴に米粒を詰めて川に流すことにより、子供が疱瘡に罹っても苦しまないように祈りました。
もちろん天然痘が絶滅された現在ではその風習はすたれましたが、その意匠を活かした香合がつくられています。

「寝牛 日前宮摂社深草神社」

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「寝牛 日前宮摂社深草神社」 ~和歌山県和歌山市秋月
和歌山にも疱瘡に霊験のある牛の玩具があります。牛が草を食むことから、草=瘡(かさ・くさ)に掛けて、子供の疱瘡の瘡蓋にあてて、ケガレを移し、病気が治ると深草神社に納めたとされます。
「寝牛・瓦牛」

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「寝牛・瓦牛」 和歌山県和歌山市
天然痘はなくなりましたが、腫物や皮膚炎に効くとして現在も市内津秦の津秦天満宮に信仰は受け継がれ、瓦牛としてつくられています。額に宝珠を頂いているのが特徴です。

「赤べこ大集合」
 
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「赤べこ大集合」
コロナに苦しめられて明けた今年が、丑年であるのも不思議な縁です。牛のご加護で、コロナ禍が終わることを切に願わずにはいられません。


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