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ケルトの妖精 №43 [文芸美術の森]

 エサソン

          妖精美術館館長  井村君江

 ウェールズのカーディフに近いピーターストンに、ローリー・ビューという農夫がいた。
 この農夫は、かわいそうに運というものにまったく見放されていて、なにをやってもうまくいかなかった。丹精こめた作物は病害にあうし、飼っている家畜も病気になってしまう。おまけに女房は身体が弱くて、畑仕事の助けにならない。近所の農家には起こらない不運が、ローリーだけを苦しめていた。
 こんなふうだから暮らしにも困り果て、「いっそ家も畑も何もかも売りはらって、どこかへ引っ越すしかないか」と考えはじめていた。
 そんな苦労を胸に抱いてこの日も畑仕事を終えると、ローリーは重い足を引きずりながら家路を急いでいた。と、
「心配いらないよ、ローリー。ぽくらがめんどうみるからさ。おかみさんにもこう言うんだよ。毎晩、床をきれいに掃除して、暖炉の火もロウソクの灯も消さないで、早く寝ちまいなって」
 どこからともなく、そんな声が聞こえてきた。
「エスリィルだ」とローリーは思った。身体が小さくて透きとおっているから、目でとらえるのがむずかしい小妖精だ(エスリイルはエサソンの単数形)。
 女房のキャティにその話を伝えると、キャティは、
「こんなに運のつかないわたしたちに、そんないいことが起こるもんかね」
と力なく言った。ローリーも「それもそうだ」と納得して、ふたりしてあきらめ顔を見合わせた。それでも苦しいときの神だのみ、信じてみたって損はないと、エスリイルに言われたようにその晩は早くに床につくことにした。
 するとその晩、家のなかのどこかで笑い声や楽しげに騒ぐ音が聞こえてきた。朝になってみると、家畜の餌やりも畑仕事も家のなかの整頓もぜんぶきちんとすんでいた。
 そんなことが毎晩つづくようになり、家畜の病気もなくなり、作物もたくさん収穫できるようになった。落ちこんでいたローリーも、具合の悪かったキャティも見ちがえるように元気になってきた。
 三年めのこと。暮らし向きがよくなって、心にも時間にも余裕のできた女房のキャティは、エサソンがどうやって働いているのか、見てみたいものだと思いはじめた。
 それである晩、真夜中にそっとドアの隙間から台所をのぞいてみた。すると小さな人たちが、働いたり歌ったり笑ったりふざけてたりしていた。エサソンの騒ぐようすがあまりに滑槽だったので、キャティは思わず吹きだしてしまった。すると、叫び声があがったと思う間もなく、ロウソクの灯が消えて、エサソンの姿は消えてしまった。
そして、もう二度とローリーの家に彼らが現れることはなかったという。
 プライバシーの侵害を妖精はもっとも嫌うのだが、人間、とくに不幸な人に親切なエサソンは復讐などはしなかった。女房のキャティは元気になったし、ローリーも畑仕事がうまくいくようになった。この農家はそれからもずっと繁栄したということだ。


◆ エサソンが好んで住んでいるのは林のなかの、それも薬が茂って、少しじめじめした場所だという。それは木かげの腐葉土にエサソンの食べ物のキノコがたくさん生えるからだ。彼らの大好物は、古木の根元や石灰岩の割れ目に生える「フェアリー・バター」というキノコで、このキノコはだんだん黄色くなって、油っこくなってバターのような黄色い汁を出す。また「カエルの腰かけ」というキノコも好きなようだが、これは毒キノコで、人間が食べると、カエルの恨みかどうか極彩色の幻覚やしびれの症状をひき起こすということだ。「妖精にキノコはよく似合う」ようで、妖精が赤地に白の斑点のキノコに腰かけていたり、キノコのテーブルで食事していたりする場面の給はよく見られる。

 妖精が踊った跡といわれる「妖精の輪」は、キノコの胞子が散って土が酸性になり、一夜のうちに草が丸く枯れたもので、とつぜん起こるこの不可思議な現象を、むかしの人は妖精のせいにした。しかし、土中から不意に、木の根元や庭の草のなかに現われる神出鬼没なキノコ類は、それ自体があ屋h市区滑稽で、そしてかわいらしく、さまざまな形を色をしたジノコ自身、旺盛化と思われてくる。


『ケルトの妖精』 あんず堂




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