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日めくり汀女俳句 №73 [ことだま五七五]

八月一日~八月三日

       俳句  中村汀女・文  中村一枝

八月一日
一脚の運び残せし藤椅子かな
           『春暁』 藤椅子=夏

 世田谷の中村家の庭に、二十年八月焼夷弾が落ちた。夫や義弟ら若者の手で火を消し家
は類焼を免れた。結局汀女は空襲下の東京で家を守り通したのだ。
 終戦、順風満帆だった中村家に逆風が吹き始める。夫重書は戦時金融公庫に勤めていた
ことで追放をうける。
 汀女が大事にしていた『泉鏡花全集』を長男が売ってしまったこともある。「あれお母
さん、読むんだったの」と言われて汀女は絶句。竹の子生活だった。そんな中で、汀女ら
しい本領でいい句がどんどん作られていった。

八月二日
遠雷といひ夏菊の咲くといひ
           『半生』 雷=夏 夏菊=夏

「二十一年には自分ながら句が多く出来ている」。汀女は自伝の中でそう書いている。
 終戦、夫のパージ、といった外患、竹の子生活、買い出しという内憂にも汀女の創作意
欲は衰えるどころか盛んである。買い出しが機縁でいろいろの人と知り合った。富本一
枝、大谷藤子、神近市子、由起しげ子、壷井栄、今まで汀女の周りには現れなかった多士
多才の女性達だった。女性解放運動が新しい段階を踏みはじめている。そういうことには
無縁で過ごした汀女でも、ひたひた寄せる時代の波は感じたであろう。

八月三日
山の威のふっとにはかや夏蔚
             『紅白梅』 夏荊=夏

 今年の五月、山の別荘地に落雷があり、別荘が一軒焼失した。立派なログハウスが黒焦
げになったのを見るのは痛々しかった。「三十年住んでいて初めてです」という人もい
た。
 去年も「五十年間一度もなかったのに」という災害現場の声があった。人間にとっての
三十年五十年は自然にとっては束の間のできごとである。つい人間のサイクルで考えてし
まう。今年は人的災害も多かったが、自然の暴れ方もきわ立っている。噴火も地震も大雨
も自然は怒っている。そして人間は、その自然の怒りをすぐ忘れていく。

『日めくり汀女俳句』 邑書林


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