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梟翁夜話 №77 [雑木林の四季]

ハヤブサと蟹の甲羅

               翻訳家  島村泰治

年の瀬とて季節感は外れるが、どうだらう、諸賢は度胸試しと云ふのをご記憶か?さう、子供の頃、暑苦しい夏の夕方など時を選って年長の子供の計らいで仕組まれた度胸試し。朽ちかけた墓が両側に並ぶ熊笹の道を恐々辿って奥の寺まで、行って帰る度胸を図るのだが、普段は強そうな奴が竦んだり、行った証拠に持って帰る品物を怖さで忘れたり、後であれこれ冷やかし合ふのが面白くて、その昔、筆者など心待ちしたものだ。

いや、話は度胸試しではなく、行って帰ってくるまでのドキドキ感でふと思ひ出したまでで、語りたいのはハヤブサ2のこと。先日「リュウグウ」からサンプルを見事持って帰っただけでは済まず、何と、残りのイオン電池を使って次のミッションに飛び去ったというハヤブサ2のことをどうしても語りたいのだ。行き先から何か持って帰るといふ作業は、度胸試しならいざ知らず、とてつもなく凄いことで、今のところどうやら日本だけの技らしいから尚更だ。それだけでも壮挙と云へるが話はもっとロマンに満ちてゐる。この探査機ハヤブサ2の所作を人形ならぬ遣い切った技術者集団の見事なティームワークが凄い。

思へば、ハヤブサは1号の末路が哀れ過ぎた。あるかなきかのサンプルを届けて自分は燃え尽きた、あの姿を覚えてゐるから、2号の働きには仇討ちのロマンもあって、6年前に出発してから人々は折々に2号の行方を追っていた。「リュウグウ」に辿り着きサンプルを取る苦労話もハラハラしながら見ていたものだ。1号と違って今度はしっかり採取して帰路についたところまで確かめて、とかくハヤブサの噂は遠退いた。一年ほど前に期間が近いぞとの話をどこやらで聞いた頃、ややあってご存知コロナ騒ぎが世界を席巻した。ハヤブサどころではない。筆者も含めて世間はマスクだ三密だと騒いだ。

この間、わがハヤブサ2は坦々と地球への帰路を飛んでいた。コロナ禍は何波何波と世界各国を襲い、晩秋から初冬に掛けてもう一波がうねり上がり、アメリカでは時ならぬ大統領選挙が重なり、社会が異様な騒擾状態、手も付けられない状況になった。

日本では、ちょうどその頃ハヤブサ2の「帰還」のニュースが流れ、人々は一瞬コロナを忘れた。帰ってきた!今度はサンプルは大丈夫か?また燃え尽きるんだらうか? 英語のHPにはしばしば書いてハヤブサ話に敏感な筆者は、あれこれ情報を集めてみた。そこであっと驚くことを知った。

遊び盛りの子供が、学校から帰るや玄関先にランドセルを放り出して遊びに行く、そんな様子をハヤブサ2に重ねて驚いたのだ。何と、この度のハヤブサは燃え尽きない。燃え尽きるどころか、サンプルを地球に落として宇宙に舞ひ戻り、新しいミッションに付くと云ふではないか。それも、十一年も掛けて何とか云ふ別な小惑星に行くと云ふ。

これを知った筆者は思わず自分の高齢を思った。いま85歳、二月生まれだから二、三ヶ月で86歳だ。十一年先なら・・・と指を折ってみる。百歳まではと公言しているからその小惑星へ行き着くまでは見られよう。が、彼の帰還までは到底無理だ。瞑目。

愉しかるべきハヤブサ2の帰還で、筆者は自分に残された年月の量と重みを改めて知らされた。よし、出入り計算はしっかりせぬばなるまい。わが年の功を他人様が頼ってくる気配を感じる。甲羅の大きさを知っている蟹の英知に習って、ここは内省の度合ひを深めねばなるまい。


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