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検証 公団居住60年 №69 [雑木林の四季]

第三章 中曽根民活
 Ⅶ 住宅政策大転換のはじまり一都市基盤整備公団へ再編

     国立市富士見台団地自治会長  多和田栄治

 5.都市基盤整備公団の設立

 住都公団は橋本行革のやり玉にあげられて廃止にむかった。その根拠になったのが財政構造改革法であった。しかし1997年12月、北海道拓殖銀行、山一証券とあいつぐ破綻のなかで成立したこの改革法も、ただちに行きづまり、98年には事実上の凍結、橋本内閣は7月、退陣に追いこまれた。小渕恵三内閣にかわり財政構造改革路線を転換し、景気刺激策に軸足を移した。
 98年4月に発表した経済対策閣僚会議の「総合経済対策」は、土地・債権の流動化と土地の有効利用を大きくかかげ、住都公団に新たな任務をおしつけてきた。この方針が新公団の目的、性格をよりいっそう鮮明にした。
 「住都公団を活用した低未利用地の有効利用促進のため、公団内に土地有効利用事業推進本部(仮称)の設置、土地取得のための臨時の出資金・財政投融資の適切な活用等を通じて、新たな仕組みを整備し、3,000億円程度の事業を実施する」
 公団はただちに同推進本部を設置し、土地取得に奔走した。「週刊ダイヤモンド」2001年4.28/5・5合併号によると、公団の同事業には1998年から2001年にかけて政府資金と財政投融資あわせて3,550億円が投入され、同本部の総勢485人中、不良資産をかかえる業界のゼネコン、銀行、デベロッパーから125人もの出向社員が送りこまれ、これらの資金を使って土地買い上げの業務を担当していたという。銀行やゼネコン、大企業の不良債権処理を請け負う駈込み寺として、新公団は「大きな期待をもって迎えられた」
(牧野公団総裁)
 99年4月30日時点で、4,277件、1,500haの土地情報を仮受付けしており、契約件数は60地区75件、約21・7ha(用地費約1,131億円)、193地区53ha(用地費3,500億円)が交渉中だった0他方で公団所有の開発適地を民間に売却する計画をもっていた。これらのちに借入金の急増による巨額の利払い、地価下落による不良資産化が公団の財務構造を悪化させ、そのツケは家賃のくりかえし値上げと建て替えの名による敷地の民間売却となって公団住宅を削減、居住者の居住の安定をおびやかす原因となった。

 住宅・都市整備公団を廃止して都市基盤整備公団を設立する法案は1999年6月9日、政府原案どおり成立した。審議は衆院建設委員会で4~5月に3日間、参院国土・環境委員会では5~6月に4日にわたり行われた。両委員会とも参考人質疑が実現し、全国自治協代表がこれに出席した。国民多数が反対している重要法案が十分な論議もなく次つぎ通ざれていく状況下で新公団法案についてこのような審議が実現したのは、自治協運動の反映ともいえる。委員会審議には連日早朝から各団地自治会役員が70~80人傍聴につめかけた。
 特徴的だったのは、両院各4人の参考人が共通して、①公共による賃貸住宅供給は必要であり、②民間市場では福祉の役割は担えない、と明言したことである。また委員会室いっぱいの傍聴者が見守るなかで、各党委員の質疑、政府・公団の答弁をつうじ、居住者の要望に沿う内容の発言がいくつか議事録に残された。傍聴していて、ならばなぜ法案修正を求めないのか、と思わせる内容の発言さえ聞かれ、にもかかわらず内閣提出の原案どおり通過していく国会状況を思い知らされた。
 都市基盤整備公団法の特徴は、名称からついに「住宅」の表看板をおろして、業務の重点を都市基盤整備に移し、前身の日本住宅公団、住都公団の両公団法とも第1条(目的)にかかげてきた「福祉の増進に寄与」をけずり、「国民経済の健全な発展に寄与」に変えた点にあらわれている。業務の範囲(第28条)は、前公団までの主要業務が住宅(賃貸、分譲)の建設および宅地の造成にあったのにたいし、新公団は市街地の再開発、基盤整備に重点をおき、分譲住宅からは撤退し、賃貸住宅も再開発の一環として都心共同住宅の供給に限定することにしている。
 全国73万戸、約200万人が住む既存賃貸住宅の管理は新公団がひきつぐこととし、家賃(第33条)は原価にもとづく方式から、近傍同種の民間住宅の家賃(市場家賃)に合わせる方式にかえて設定し、建て替え(第43~49条)を初めて法定化し、事業の促進をはかることとした。

『検証 公団居住60年』 東信堂


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