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批判的に読み解く歎異抄 №17 [心の小径]

異義篇をどう読むか―『歎異抄』の著者(唯円)の立場―

          立川市光西寺住職  寿台順誠

はじめに

 皆さん、やっとかめだなも。・・・今日はやっぱり名古屋に行くんだからご当地の言葉で挨拶しようと思い、ちょっと調べてみました。「やっとかめ」の語源って「八十日目」(八つの十日目)ということなのですね。「人の噂も七十五日」と言いますね。七十五日も経つともう忘れる頃になる。これをさらに五日過ぎるともう忘れた頃になるから、それで「久しぶりですね」という意味で「やっとかめ」という言葉が出来たということらしいですね。私は去年の十月にここでお話させて頂いてから三ケ月ですから本当は九十日ぐらい経っていますので、「やっとかめ」じゃなくて「く(九)っとかめ」というべきかもしれませんね。(笑い)
 もう少し名古屋話をしますと、最近テレビの旅番組や郷土料理番組で、よく「名古屋めし」というのが取り上げられていますね。すると名古屋で生まれ育った私の全然知らない食べ物が「名古屋めし」になっていたりする訳ですよ。ホプズボウムという人の『創られた伝統』(E.ホブズボウム・T.レンジャー編、前川啓治・梶原景昭他訳、紀伊国屋書店、
1992年=The Invention of Tradition、Cambridge University Press 、1983)という本があるんですけど、伝統って創られるのだと思いますね。マスメディアやなんかを通じて、「昔からこれが流行っていた」とか 「昔からこれは此処のもんだ」と伝えられると、みんな昔からあったとか、そうだったと思い込んでしまうことがありますね。私は「名古屋めし」と言われるものにそんなことを感じたりするのです。
 さて、『歎異抄』の「人気」も本当に自然発生的なものであったのかどうか、最近私は疑っています。もしかしたら外から創られたのかもしれないと思ったりします。『欺異抄』は人気があると皆がそう言うからよいと思っている人は多いでしょう。でも、じゃあ本当に読んでいるかと言うと、全然読んでいない人が多いというのが私の印象です。
 私は何年か前に立川市の「市民交流大学」ってとこで、5回連続の『歎異抄』の講義をしたことがあります。その時、三十人定員で募集したらその日のうちにもう定員全部満たしてしまいました。うちのお寺の総代さんも申し込んだけれども、もう三十人満たしているから駄目って一旦言われて、「いや私は光西寺の総代だから入れろ」ってねじ込んだら三十六人目だったので、ついにその講座には三十六人入れることになったということがありました。そのように『歎異抄』というと人気があるのですけれども、そこでも実際にはあまり読まれていないってことに気付きました。なんか聞きかじりの言葉が一つ二つ皆さんあるかもしれないけれども、本当にじっくり読んだことあるのかなってことを、何回かそういう講義をやってみて感じたことがありました。
 浄土真宗の学者や僧侶の側にも、少しどぎつく言えば、人気のある『欺異抄』におもねった話が多いと思います。しかし、私は昔からあまりよいと思ってなかったので、まずちゃんと読んで本当に何が書いてあるのか、それをきちっと理解してみようということで『歎異抄』研究を始めたわけです。ですから、私は『欺異抄』を批判することの方が多いのですけど、一方で『欺異抄』にも評価すべき部分もあるとは思っています。ただ読みもしないで、あまりにも「よい、よい」と言われ過ぎていますから、どうしても私の話は批判的にならざるをえないということを最初にお断りしとこうかなと思います。
 それでは始めたいと思いますが、前回は三条と十三条の批判を述べました。今日は前回の話を受けて、それを『欺異抄』というテキスト全体の中で確認することになります。ですから前回の話を裏付けるような話になると思います。なお、『歎異抄』関連の本には、一つ一つの文のタイトルを「一条、二条‥・」と表記しているものと「一章、二章‥・」と表記するものがありますが、私は「条」の方が一般的だと思っておりますし、また、一つ一つの文は「章」と言うには短すぎるものが多いとも思いますので、私の話ではすべて「条」に統一したいと思います。ただ、他人の著書を引用する場合に「一章、二章‥・」などと出てくることはありますが、それらはみな「一条、二条‥・」と同義だということをお断りしておきたいと思います。

名古屋市中川区 真宗大谷派・正雲寺の公開講座より


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