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過激な隠遁~高島野十郎評伝 №39 [文芸美術の森]

第七章 「小説なれゆくはて」 3

          早稲田大学名誉教授  
川崎 浹

移転先を捜す

昭和四十三年(一九六八)二月
 東の松山の松や家の楢の林の大木を切り倒し始めている。近くの林の木を崖下道に横倒しにして通れない。これは持ち主の仕事らしい。東は切られて日の出が早くなった。
 ▲その後「番頭」が二、三度きて金を渡そうとするが、画家は受けとらず、移転する土地はゆっくり探すと言う。二月七日に七十八歳の画家は千葉県の洲の岬(洲崎)に出かけ一日中土地を見て歩く。地図にある道が実際にはないのは農民がつぶしてしまったからだと分かる。日が暮れかかったので、この日は田端旅館に泊まり、主人夫婦と知り合う。同月十四日に画家はコブタの家をさがして行きつくが、コブタ不在なので細君に言づける。
まず彼女に自分のアトリエに法的な居住権があるのか聞き、「大ありですよ」と言われてではお宅の会社でもだれでもいいから買い取ってくれれば、一番かんたんに問題が片づくでしょうと提案して帰宅。それ以降半年余りコブタからはなんの連絡もない。

九月五日
 コブタ来る。家を作ってやるから移転先を探せ。この居住権を買いとるのは大変だ。引
っ越しに百万円ぐらいなら出してもいい。(省略)この家もアトリエその他の情況から不法居住と見ているらしい。特に先達てコブタの家でワイフに法的権利あると見るかなど言ったものだから、何か弱点を持っているとしてしまったのか。二、三度洲の岬に行って歩きまわる。

十一月二十五日
 川崎(浹)氏と洲の岬に行く、学校路その他を見て歩き学校址を第二候補にきめる。コブタに手紙でここを見に行くように通知。

十二月二十七日
 土方連、田圃のなかに方々排水溝を掘っている。内の庭にも大きな深い溝を掘っている。まだ何もきまっていないからそんなことは出来ないぞと言ってやった。今は草深くなっているが、そこらにはいろいろな花が植えてある、春になると出てくるのだ、と言ってやったら翌日になって親方が謝りに来た。

昭和四十四年(一九六九)一月二十日
 一昨日コブタから洲の岬にいっしょに行ってくれと通知があったのだが、今日は雨だから止めると思っていたら、行くと言ってきたので出かける。コブタの車で、コブタと番頭、もう一人の男、東急開発課員という名刺をくれた。千葉駅から自分はひとり汽車で行って待っているからと言ったが、むりやりいっしょに。ドライブインで食事。自分はスープ一皿。会計すると言ったがもう社員がしてしまったというので仕方なし。彼らからお茶一ばい受けないようにと思っていたが。車中コブタが一人でしゃべりつづける。三億円強奪事件、ゲバ学生のこと、皆黙っている。洲の岬の学校址を見る。コブタ車から降りようともしない。なるほど、彼には現地を見る必要はないのだ。それを買うだけが彼の仕事だ。ドシャ降りのなか見てあるくのはつらい。又ほかの候補地二、三見る。
 ▲結局、車道がちかくバスや車の往来で砂境がたち、これが画室に被害をおよぼすことがわかり、土地の購入を止める。

五月一日
 久しぶりにコブタ来る。ほかの処の工事をしていたのが終わって、今度早速ここの工事を始めるから急いで引っ越してくれ、りつばな家を建ててやるから早く土地をさがしてくれと言ってきた。土地さがしはいやになった。自分も年を取って方々歩きまわるのはつらい。又ここを無理に取らなくてもいいだろう。協力してくれと言っていたが、はじめから団地には協力はしないと宣してある。今はここに居るつもりだ。こんな団地の中なんかには住まいはできませんよ。どこか静かな処に移ったほうがよいでしょう。家内も高さんにはよくしてあげてと言っていますからね。その好意というか御親切というか知らないが、それは受けない。移るならこの家と同様なものでいいのだ。今までこの画室で何不自由なく研究をつづけてきている。これよりりつばな家なら入らない。これまでどおり研究がつづけられること。私たちのほうでも探します。土地探しは暫く滞在写生でもしながらここはいいと万般を見極めてきめる必要がある。とにかく今度は写生を主にして行ってみよう。
 ▲五月十日以降、東金企業の「番頭」が移転の土地探しの件でたびたび督促にくるようになる。「番頭」が房総の館山に新築の家がある、案内したいと言ってきたが、高島さんは北側湾のほうはだめだと断った。六月に入ってかれは「写生の支度をして洲の岬に行く。館山を越えたら雨になった。田端旅館に箱を置いて雨の中を歩き廻るが草の中大変だ」と書いている。
 旅館の奥さんが親切なひとで、その後土地さがしに協力してくれるが、あと一歩というところで、話がまとまらない。それでも六月の半ばちかく、別の土地がみつかり、旅館の主人田端氏までが乗り出して、市の関係者らと話をつけ、一件落着となった。画家はこう記している。「万事きまったらしいので一応あの地で不服ないという一札を書いてサインしてくれというので拇印してやる。こんなこと何になるかと思うが会社へのレポートが必要だろう」。

『過激な隠遁~高島野十郎評伝』 求龍社
                                               

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