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日めくり汀女俳句 №70 [ことだま五七五]

七月二十三日~七月二十五日

       俳句  中村汀女・文  中村一枝

七月二十三日
水中花急ぎ心が開かしむ
          『軒紅梅』 水中花=夏
 汀女が一人っ子であったことをとてもよくわかると思うことがあった。私も十五の年、弟が生まれる迄一人っ子だった。きょうだいと言うふだんの生活での子供同志のふれ合いがないのはとても不幸なことだ。子供はそこでさまざまの人間関係のわざを経験する。体の弱かった私は、ほとんど家の中で大人だけが相手だった。愛され、ちやほやされ、好きな事ができた。私はとても我ままな子だった。
 汀女にも同じ面はあったろう。只彼女の周りにはふんだんに自然があり、子供達もいた。我慢も又教えられた。一人っ子の長所、一つだけある。それは決して意地悪でないこと。

七月二十四比
へらへらとネオンまづ点き蚊喰鳥
            『紅白梅』 蚊喰鳥=夏
 汀女の句集を見ていて夏の項目の中に蚊喰鳥(蝙蝠・こうもり)の句の多いのに驚いた。夫に「昔、この辺にも蝙蝠がいたの?」と聞くと「ああ、そこいら中にいた」という返事だった。今この辺りで蝙蝠など見かけたことはないが、二十年くらい前には近くの大井町駅の引込線の辺りに蝙蝠が住んでいた。今はいかがなのだろう。蝙蝠など山の洞くつに住むものと思いこんでいた私には、蝙蝠が人のざわめく町の周辺をさまよい歩いている光景など想像もつかない。姿形が不気味だからと、つい人はどんどん自然を遠ざけていく。

七月二十五日
ちんどんや疲れてもどる夏の月
           『汀女句集』 夏の月=夏
 ちんどんやを最近見たことがない。町の角からあの独特のリズムと哀愁を帯びたメロディが聞こえるとつい体をゆすりたくなる。
「私、ちんどんや大好き」と言ったら、ちょうどその場に居合わせた古本屋の関口さんが「えっ、奥さんちんどんや好き? 実は私はちんどんやには目がないの」
 関口さんは変人奇人で通る古本屋さんで、文人の知己が多く一寸とした有名人だった。二十年前亡くなったが、ちんどんやの書を開くと、私は関口さん愛用の大ぶりの骨格の自転車と唐草模様の風呂敷が目に浮かぶ。

『日めくり汀女俳句』 邑書林


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