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日めくり汀女俳句 №69 [ことだま五七五]

七月二十日~七月二十二日

     俳句  中村汀女・文  中村一枝

七月二十日
いづこへか兜虫(かぶとむし)やり登校す
         『汀女句集』 兜虫=夏
 一学期が終わった。新一年生にははじめての通知表。今は評価の仕方もつけ方もいろいろ変わっているらしいが、それでも通知表が新一年生にとって最初の社会の関門であることは間違いない。
 今も昔も子供の通知表の成績に一喜一憂するのは親の習い。私などいい成績などほとんど取らなかったが、五年生で東京から伊東に疎開で転校した途端、ずらっと優が並んでいるではないか。そのうれしかったこと、自分のやったことを認めて貰えた喜び、自信。通知表の意味はひとえにそこにつきるのだ。

七月二十一日
野茨や母は齢(よわい)を日に重ね
         『都鳥』 菜の花=夏
 昭和十九年、戦争は敗色の濃くなる一方でも、汀女は日本の勝利を信じていたのだろうか。
 その年、父平四郎が亡くなった。平四郎との別れも辛かったが、汀女にとって何よりの気がかりは、とうとう母が一人になってしまったということだった。一人娘の切なさを身にしみたであろう。
 この年、長女淳美子が結婚した。空襲はいよいよ激しく物資は窮乏するが、汀女は句を作り続ける。四十四歳という年齢は力も活力も備わっていた。近所中が疎開した中、汀女は東京に息子たちと残ったのだ。

七月二十二日
冷奴故郷の月はとく昇り
        『紅白梅』 冷奴=夏
 珍しく豆腐屋のラッパの音がした。暑い日の夕方、今夜のおかずは?などとたいていの主婦が少々うんざりと考えている時だから、反射的に表へとび出した。以前は自転車で回る豆腐売りを何度か見かけたが最近全く姿を見ない。
 通りには一台の白い乗用車、この車、二カ月ほど前、品川の方で見たことを思い出した。車で豆腐を売って歩く広域商売かと面白がっていたのだ。あっちの家、こっちの家から奥さん達がこぼれ出した。
 この暑さに誰もが同じ思いを。ひやっこい冷奴をたっぷり食べた。

『日めくり汀女俳句』 邑書林


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