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ケルトの妖精 №37 [文芸美術の森]

シーリー・コート

         妖精美術館館長  井村君江

 なぜだかわからないが人間に悪意を抱いているアリソン・グロスという魔女がいた。
 この魔女が若くて美しいひとりの騎士に恋をした。そして「わたしの恋人になってくれたなら、あらゆる富を与えてやろう」と、騎士に愛を迫った。
 しかし騎士は正直な人格だったので、愛することなどできない魔女に向かって偽りの約束はできなかった。
 騎士は「わたしの前から消え去ってくれ。醜い心を持った魔女よ」と言い放った。そして
「たとえ、おまえがありとあらゆる財宝をくれたとしても、おまえの醜いくちびるに口づけすることなどありえない」と言った。
 この言葉を聞くと、魔女は騎士のまわりを三度巡って、銀の杖で騎士を打った。
 すると、騎士は見るまにおぞましい虫の姿に変わっていた。その虫の姿で木に絡みついているしかなかった。
 騎士の妹はいなくなった兄の身の上を心配し、心を病めて探しまわった。そして、ようやく、変わりはてた兄の騎士を見つけだすことができた。
 安息日の前の晩、妹は虫の姿になった兄のところへやってきて、銀の盥(たらい)で醜い虫の顔を洗ってやり、銀の櫛で蛇のように絡まった髪をすいてやった。
 しかし妹の深い悲しみも愛情も、騎士にかけられた魔法をとくことはできなかった。
 ハロウィーンの夜のことである。妖精の女王を先頭に、馬に乗ったシーリー・コートの一行が通りかかった。
 女王は、醜い虫が哀れなようすで木に巻きついているのに目をとめると、馬からおりて、
ひなぎくの咲いている土手に腰をおろした。そして、虫にされている哀れな騎士を自分のそばに来るように手招いた。
 騎士がやっとの思いで身体を滑らしながら妖精の女王のもとにやってくると、女王はその醜い顔を自分の膝の上に乗せ、三度叩いた。すると、たちまち蛇のような姿は縮んで消えてしまい、りっぱな騎士が女王の前に脆いていた。
 こうして女王がふれてからは、アリソン・グロスの魔力はもう二度と騎士には効かなくなっていた。
 これは人間に良いことをしてくれる妖精、シーリー・コートがしてくれたことのなかでも最高の贈り物だった。

◆シーリー・コートは親切なよい妖精で「シーリー」には「祝福された」という意味がある。悪意をもった妖精は「アンシーリー・コート」と呼ばれる。
 シーリー・コートは怒らせると人間に危険だともいわれているが、本来は迷子を家まで送ってくれたり、貧しい人を助けたりする善良な妖精である。
 ある農家の主婦が、シーリー・コートに頼まれて一升マスで粉を貸した。ほどなく粉は返されたが、その冬のあいだずっと、粉が一 升マスに入っていたそうである。

『ケルトの妖精』 あんず堂


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