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じゃがいもころんだⅡ №34 [文芸美術の森]

スパゲティとコーヒー

            エッセイスト  中村一枝

 もともと食べることが大好きで、作るのもおっくうがらずにする方だった。それが、家族を見送ってひとりになり、ひとり用のの食事を作るとなると、少しずつおっくうになってきた。もちろん、年を重ねて、体を動かすこともいささか大儀になってきたことも否めない。
 昼の食事って誰でもそうだろうけど、昼近くになって小腹がすいてきた、ああ、お昼だ、と思うことが多いのではないか。そのままちゃんとした食事ではなく、おやつのビスケットを何枚かつまんでつないでしまうこともある。最近は、老人になったら定時の食事が大事だと言われている。何事もおっくうがらずにやらねば、と思う。
 珍しくスパゲティを作ろうと思いたった。もともとスパゲティはわが家の定番料理、まして子どもの小さいときはこれはもう必需品であった。
 スパゲテイ料理ににんにくを欠かさないのもわが家の定番、と思い出した。最近、あまり使っていなかったが、冷蔵庫の隅に転がっていたにんにくを見つけ出した。
 昔取った杵柄、という言葉があるが、にんにくはわが家の料理には欠かせない一品だった。
 トマト味のスパゲテイは作り方も簡単、材料も手軽。昼にはもってこいなのに、ここしばらく頭にのぼらなかった。亡くなった夫もこれは好きだったことを、不意に思い出した。
 さすがに、トマト味のスパゲテイは一から十までまだ頭の中にたたきこまれていた。あっという間に出来上がった。何といってもトマトは今が旬だ。
 それに自家製のコーヒーを添えれば、ちょっとした小さなレストラン。久しぶりにトマト味のスパゲテイを堪能した。ほら、やればできるじゃないの、と思いつつ、残念なことに、さて次に何をやろう、と体が動いてくれないのが現状である。アタマ一つ、体ひとつ、ちょっとひねればたちどころに済むことがスムースにいかないのが老人なのだ。どっこいしょ、と椅子に坐れば、そのままじっとしている安楽さについ慣らされてしまう。昔のお年よりは椅子ではなくて、ペタっと床に坐っていたから、そこから起き上がるのはさぞ大変だったろうと思う。その時、少女であった私は、自分がいつかそうなるかも知れないとは夢にも考えず、ぼんやり、祖母の緩慢な動きを眺めていた。そうやって人は、少しずつ年をとっていく、それが人生なのだ。
 それにしても、八十七歳の老人の昼食が、トマト味のスパゲテイといれたてのコーヒーなんて、かなりおしゃれじゃないですか。
 急に誰かに食べさせたくなった。


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