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日本の原風景を読む №10 [文化としての「環境日本学」]

海 1

  早稲田大學名誉教授・早稲田環境塾塾長  原 剛

 海の風景を場所性(トポス)が脈々と息づいている四か所から紹介する。場所性とは人と自然が織りなす歴史によって、ある考えや感じ方が濃厚に培われ、伝えられている地域、土地柄を指す。注目すべきは社会学などで「トポスが人間の心の基層を作る」とみなされていることだ。本書の冒頭に紹介した奥野健男『文学における原風景』の根拠である。
 関連して記した英国の作家ロレンス・ダレルの言、「人間は遺伝子の表現というよりは、風景の表現である」を想起したい。黒潮・土佐のいごっそう、阿蘇・熊本の肥後もっこす像が思われる。
 茨城県北茨城市の五滴海岸に岡倉天心、熊本県水俣市の不知火海には石牟礼道子、静岡県下田の石廊崎には修験道者役小角(えんのおずる)、長崎県平戸島の根獅子(ねしこ)の浜には宣教師フランシスコ・ザビエルの魂が宿る。いずれもトポスの特別に強い海辺である。
 これらの海景に共通しているのは、時の社会風潮に抗い、政治権力によって〝追放″された者とその同伴者たちの抵抗の拠点であることだ。
 天心は芸術・絵画、石牟礼は文芸・小説、役小角は宗教・修験道、ザビエルは禁じられたキリスト教をもって社会風潮と権力に抗った。背景にはこれら抵抗者たちの、社会への強力な影響力をおそれ、追放を試みた時々の権力の意向がある。
 大方の人心は、今日、追放された側についている。潜伏キリシタンの遺跡が、世界文化遺産に選ばれたのはその一例であろう。
 「屈原」の日本画家横山大観、『苦海浄土』の作家石牟礼道子、石廊崎の断崖に住んだ役小角、遠藤周作の小説『沈黙』に記されたキリスト教への思いは衰えることなく、人々を現場に挽きつけ、勢いを強めているように思える。時代相というべきか。
 太平洋の外海に対する五浦海岸、不知火海の入り江に沿う水俣、間断ない大波が岩礁を噛む黒潮の石廊崎、五島灘があくまでも碧い根獅子。いずれの風景もまことに清浄で美しい。欧米の多くの海岸が荒涼として、陸地の終わりを思わせるのに対し、本篇に記した四か所の海岸はそのいずれにも、ここから陸地が始まる、端々しさがうかがえる。「瀟洒」「跌宕」「美」を日本風景の特長と讃えた地理学者志賀重昂の『日本風景論』(明治二十七年)が思われる。
 横山大観、石牟礼道子もその作品によって、風景に宿り人の心をも領するメッセージを表現することで、社会から失われたかけがえのない価値の復活を願ったのかもしれない。

天才たちが魂こめた海景-五浦 1

大津波から蘇った五滴六角堂

 『茶の本』『東洋の理想』の著者思想家岡倉天心が想い、「生々流転」「屈原」の日本画家横山大観が描き、「赤い靴」「雨降りお月さん」の民謡・童話詩人野口雨情が詠んだ太平洋の海の風景を北茨城市に訪ねた。
 北上する1R常磐線に沿って、白砂の浜と紺青の海がすっきりと一直線に連なる。
 大津港のあたりで、優美な砂浜は黒松が茂る断崖と岩礁の海に一変する。「日本の渚百選」の海岸遊歩道を経て岬の公園をめぐると、入り江の岩棚から海に突き出したベンガラ朱色の五浦六角堂が現れる。二〇一一年三月十一日、東日本大震災の津波で流失した六角堂は、県内外から寄せられた基金で翌年四月十七日に再建された。
 六角堂再建の目標は、天心の思いを込めた創建当時の姿に復元することだった。
 四回の海底探査で建物の三分の二が破片状で回収された。しかし、堂の頂、宝珠に「片の水晶(仏舎利の代わり)を蔵した他は新品が用いられた。
 いわき市の山林主は六角堂建立一五〇年に合わせ、樹齢約一五〇年、樹高四三メートルの太郎杉を二本提供した。杉の木の芯(赤身)は腐れにくく、潮風にさらされる六角堂に適している。
 六面体の堂の大窓の板ガラスは、アメリカ産で、製法からガラスに独特のゆがみがあった。新六角堂にもイギリスから輸入したゆがみが特徴の大ガラスがはめこまれた。ガラス戸越しに天心が眺めていたであろうレトロな波の風景が、いま訪れる人の人気を集めている。
 六角堂の朱色の塗料はベンガラ(紅殻)。桐の油を溶剤に、岡山県成羽町の塗師が伝統の技でインド伝来の深みのあるベンガラ色調を再現した。
 堂の中央に、栗材を用いた六角の炉が設けられた。東側、太陽が昇り来る離れ磯に、高さ一七〇センチ、重さ二トンの雪見灯篭を配置、「茶室としての六角堂」が完成した。灯篭は御影石の表面を真壁の石職人がノミだけを用いて削った気品漂う作品だ。
 設計から材料、建築まで、六角堂は「かけがえのない五浦風景」に寄せられたオールジャパンの資源と知恵の表現と言えよう。


『日本の「原風景」を読む~危機の時代に」 藤原書店





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