SSブログ

ケルトの妖精 №35 [文芸美術の森]

 シルキー

           妖精美術館館長  井村君江

 ひとりのシルキーが、ノーサンバーランド城のへドン・ホール屋敷に住んでいた。シルキーはたいていが美人で、何世紀も続いた旧家に現れた。白い衣のドレスをまとい、衣ずれの音をさせながら、暖炉に薪をくべたりかたづけものをしたりなど、家事の手伝いをしてくれるのだ。
 このシルキーも、夜のうちに召使いたちがやった掃除の点検をしたり、朝食の支度をすませたり、洗濯物をたたみなおしたりとよく働いた。働きすぎるので召使いからはけむたがられるほどだった。
 家事を完壁にすませて満足すると、このシルキーは道ばたに生えている老木の枝に腰かけ、夜道を行く馬車や旅人を驚かしては楽しんでいた。
 シルキーがそんなことを繰り返しているうちに、いつのまにか時は過ぎて、雨や風にさらされながら耐えつづける旧家のつねで、へドン・ホール屋敷も傷みがひどくなった。壁が落ちたり屋根が剥がれたり、見るからに老朽化してきていた。
 一九世紀になったある日のことだった。へドン・ホール屋敷の天井がとつぜん崩れ落ちてしまった。人々が大騒ぎをしながら、屋敷のかたづけをしていると、天井裏から落ちてきた金貨の袋が見つかった。ずっとむかしから天井裏にあったものらしかった。
 ところが、だれも盗みはしないのに、その金貨の袋はいつのまにかなくなった。この日から二緒にシルキーも消え去って、それ以来どこにも姿を見せなくなってしまった。
 へドン・ホール屋敷の召使たちは、「あれだけ家事が上手なのを見ると、自分たちと同じ召使いだったんじゃないだろうか」「生きていたときに屋敷のどこかに隠しておいた金貨が心配で、幽霊になって見はっていたのではないか」と噂しあったが、なにもわからなかった。
 へドン・ホール屋敷のシルキーが腰かけて、夜ごと人々を脅かしていた老木はいまも「シルキーの椅子」と呼ばれて残っている。

◆イギリスには、何世紀もつづく古い屋敷がたくさんある。そこにはむかしの死者の霊が住んでいると考えられ、その霊たちが妖精や幽霊になって出現するのだ。
 へドン・ホール屋敷のはかにも、シルキーはニューカッスルのデントン屋敷に現れたとか、べリックシャーのハードウッド邸やノース・シールドのギルズランド館にも現れたとかの話が伝わっている。いずれもスコットランドに近い地方の由緒ある城や屋敷だ。
 幽霊といっても日本の場合とちがい、恨みや怨念や執親でどろどろしていることはない。とはいっても、いちどこの世に生を受けた者の死後の姿なので幽霊が恐ろしい存在であることはたしかである。
 ヘドン・ホール屋敷のシルキーは、家事もやれば夜は屋敷の門の外で見はりもしたが、タイン川のほとり、ノース・シールド近くに出没したシルキーは、家事はほとんどやらず、白い絹のドレスをなびかせて夜道に現れるだけだったという。こんなところから、シルキーは妖精というより幽霊といったほうがいいのかもしれないと思えてくる。幽霊と妖精の共通点は、夜を好むことであり、ニワトリの声を嫌って姿を消すこと、いつも飢えていることである。
 アイルランドでは幽霊をレヴナントまたはハヴシー(この世に帰った者)と呼び、果たせなかった仕事の未練や義務からこの世に立ちもどった者として、死者の魂とは区別している。また死者の魂は古代の宗教ドルイドの転生思想では、妖精、兎や山あらし、蝶や蛾に変わると信じられている。


『ケルトの妖精』 あんず堂




nice!(1)  コメント(0) 

nice! 1

コメント 0

コメントを書く

お名前:
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。