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ケルトの妖精 №34 [文芸美術の森]

 ゴブリン

            妖精美術館館長  井村君江

 時代は一七世紀のある日の夕暮れどきのことである。家路を急ぐひとりの男が、デヴオンシャーのブラックダウンの丘の近くを歩いていた。
 いつものように歩いていて、ふと気がつくと、そんなところにあるはずのない、靴屋や金物屋の屋台が立ち並ぶ市場が目の前にあった。そして市場には、赤い色や緑色の服を着て、山高帽子を被った男や女が、飲み物や果物を売る店に群れていた。
 一年にいちどこのあたりには大きな市が立つことがあったから、男はふつうの市かともふと思ったが、季節も時間もちがっていたからそんなはずはなかった。おかしいなと思いながら、男は市場に入っていった。
 すると、目に見えているものを、実際に手に取ってみようとすると何もないし、男や女の群れの押し合いへし合いも、ただ感じるだけで身体にふれることはなかった。
 奇妙なことだと思って、その場所からほかの場所へ移ってみると、こんどは何も見えなくなり、いつものように丘があるだけだった。そこで、最初の場所へ戻ってみると、さっき見た光景がまた見えるのだった。
 そうしているうちに身体に痛みを感じるようになった。男はこわくなってあわてて家に帰ってきたが、なぜだか身体の片側が麻痺していて、それは生涯治らなかったそうである。

◆ このような不思議な市場が出現する現象をゴブリン・マーケットと呼んでいるが、蜃気楼の現象に似ている。
 ゴブリンはホプゴブリンやボギーと似た種類で、家つき妖精の一種である。ふつう人間に敵意のある意地の悪い妖精といわれている。身体は小さく恐ろしい顔をしている。ジョン・バニヤンの賛美歌のなかでは悪魔と同じ扱いにされている。
 フランスでは「ゴブリンが食べにきますよ、ゴブリンが連れにきますよ」と、母親が子どもにお行儀よくさせるための脅しの文句に使ったことが記録に残っている。
 一九世紀のイギリスの詩人クリスティナ・ロセッティは、ゴブリンの伝承をもとに物語詩『ゴブリン・マーケット』(一八六二年)を書いている。伝承の妖精市場(フェアリー・マーケット)を踏まえながら、それとはちがった妖しく魅力ある世界を現出させたものだ。
 それはつぎのような物語になっている。
 ゴブリンたちが売っている果物の甘美な味を知ってしまった姉娘のローラが、「もういちどその果物を食べたい」とゴブリンの谷へ行ってみるが、果物が買えなくて病気になってしまう。それを心配した妹娘のリージーが、ゴブリンたちの誘惑と怒りをよそに姉をその妖精の谷から救いだす。この作品のなかの妖精は、なによりも人間を悪と破壊に引きこむ誘惑者である。妖精を見てしまったこと、妖精の食べ物を食べてしまう危険を犯したことをテーマにした救出の物語になっている。
 ゴブリンが売る果物は禁断の木の実かもしれないし、現世の快楽の象徴かもしれない。
 この物語に登場するゴブリンたちは、「ふくろう熊」のように毛むくじゃらで、「蜜食いあな熊」や「猫のような、鼠のような」顔をしていて、「カタツムリのように、はいまわり」「カササギのよぅにピチヤピチヤしゃべり、ハトのようにホウホウ言い、魚のようにスーツとすべっていく」と、さまざまな動物をかけあわせたような不気味な影の存在として表現されている。
 作者のクリスティナは『レプラホーン、妖精の靴屋』(一八五〇年)や『妖精の国で』(一八六九年)のアイルランドの詩人ウィリアム・アリンガムと、ラファエル前派の画家である兄のダンテ・ガプリエル・ロセッティを通じて友達だったので、妖精についてはよく知っていた。
 一九世紀にはこの『ゴブリン・マーケット』をはじめ、ジョン・ラスキンの『黄金の川の王さま』、ネスビットの『砂の妖精』、ジェームズ・バリの『ピーター・パン』など、作者の創造力から生まれた妖精たちがさまざまに活躍をはじめている。


『ケルトの妖精』あんず堂




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