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西洋美術研究者が語る「日本美術は面白い」 №41 [文芸美術の森]

        葛飾北斎≪府学三十六景≫シリーズ

                         美術ジャーナリスト 斎藤陽一


第7回 「尾州不二見原(びしゅうふじみばら)」と「遠江山中(とおとうみさんちゅう)」

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≪「桶屋の富士」≫

 北斎の連作「富嶽三十六景」が世界中の人々を惹きつける大きな要因は、“造形力の強さと形態の面白さ”である、と言えるでしょう。その意味で北斎は、「卓抜したデザイン力」を持っていた絵師であり、そこが西洋近代の画家たちに強い衝撃を与えたのだと思います。
 今回は、そのような造形の妙を発揮した作品を二つ紹介します。

 最初は、「尾州不二見原」。通称「桶屋の富士」という名で親しまれている絵です。

 ご覧の通り、絵の中央には、大桶を削る職人を置き、その大きな丸い桶の中から、はるか遠くに小さく富士山が見えている、という構図です。大きな円と小さな三角形との対比、それがこの絵の面白さでしょう。あたかも富士山が、円の求心点となっているようにも見えるし、大桶が富士山の額縁になっているようにも見えます。

 桶が転がらないように、その左右は道具箱や木槌で支えられていますが、道具箱の左には、丸い箍(たが)がいくつか置かれ、あたかも円が反復するような効果も生まれています。

 それにしても、この絵の富士山はあまりにも小さく描かれているため、題名を知らずにいたら、富士山を見落としてしまうかも知れません。そのため、「北斎は富士山をこっそり隠すように描くことで、富士山を見つけた時の驚きを鑑賞者に与えようとしている」という指摘もあります。(日野原健司編「北斎・富嶽三十六景」:岩波文庫)

 なお、尾州冨士見原(不二見原)は、現在の名古屋市中区富士見町にあたると言われますが、実際にはそこから富士山は見えないそうです。北斎は、名古屋に滞在した記録があるので、不二見原に行った可能性も考えられますが、実際の風景を描いたと言うより、「不二見原」という地名に惹かれて、大桶と小さな富士山という構想を思いついたとも考えられます。ちなみに、この絵は、「富嶽三十六景」の連作中、最も西方から富士山を描いたものです。


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≪反復する三角形≫

 次の絵は「遠江山中」です。

 遠江は現在の静岡県西部地方にあたりますが、この絵に描かれた場所がどこなのか、よく分かりません。もしかすると、遠江国を流れる天竜川上流地域では製材業が盛んなため、このようなモチーフを思いついたのかも知れません。

 右下から左上にかけて対角線上に描かれた巨大な木材によって、画面は二分されています。その木材を、上からと下から、二人の職人がのこぎりを挽いています。現実には、こんな挽き方はないでしょうが、北斎は構図上の都合で、このような配置にしたのでしょう。

 何よりもこの絵で特徴的なのことは、富士山の三角形から波及するいくつもの三角形が構図の核となっているということです。

41-3.jpg 言葉で説明するよりも、図示した方が分かりやすいと思います。

 右図をご覧になると分かるように、この絵は、大小いくつかの三角形が組み合わさって構図を作っています。

 さらに、焚火から立ち上る黒い煙は、巨大な木材が作る対角線と筋交41-4.jpgいになるように描かれ、「X型」の構図にもなっています。(右図参照)

 このような斜線に注目して見ると、この絵にはまた、いくつもの平行線が見出されます。

 かくしてこの絵には、いくつもの反復のリズムが生まれ、同時に安定感がもたらされているのです。

 こうして見ると、北斎は、幾何学的構成力を持った、きわめて理知的な造形作家である、と言うこともできますね。


 次回は、「富嶽三十六景」より、江戸の風景を描いた「御厩橋より両国橋夕陽見」を紹介します。

                                         

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