日めくり汀女俳句 №64 [ことだま五七五]
七月五日|七月七日
俳句 中村汀女・文 中村一枝
七月五日
辣韭(らっきょう)を食べて他意なき人のそば
『紅白梅』 辣韮=夏
辣韭(らっきょう)を食べて他意なき人のそば
『紅白梅』 辣韮=夏
『おかしな男 渥美清』小林信彦著が話題になっている。寅さんで国民的英雄になっている渥美清の、広角的ドキュメントといっていいのだろうか。私は特に彼のファンでも、寅さんが特に好きなわけでもなかったが、読み終わって、役者人生の孤愁がひとしお心にしみた。本名田所康雄であることと、役者渥美清とをさりげなくというより意識的に分けて生きた一喜劇人の人生。それはまた喜劇そのものの裏返しのようでもあり、一人の人間が織りなしていく歎息にも聞こえる。人間って何か面白いなあ。
七月六日
緑蔭(りょくいん)やリラと呼ばれて行ける犬
『汀女句集』 緑蔭=夏
緑蔭(りょくいん)やリラと呼ばれて行ける犬
『汀女句集』 緑蔭=夏
自己主張する犬が増えている。そんなのただの犬のわがままと言ってしまえばそれまで
だが。人間の指導力不足は犬にまで見透かされている。
最近、わが家のア二、七歳を過ぎてからそれが目立つ。雨の日は特にぬれるのがいやで、道の真ん中から一歩も動かない。青いレインコートの中から大きい瞳でじっと見つめながら断乎たる決意を示されるとどうも弱い。物言わぬ目の威力というのは、百のへらず口より強いのだ。言葉はそのまま軽く宙にとぶが、黙って見つめてくる目は心に迫るのだ。
だが。人間の指導力不足は犬にまで見透かされている。
最近、わが家のア二、七歳を過ぎてからそれが目立つ。雨の日は特にぬれるのがいやで、道の真ん中から一歩も動かない。青いレインコートの中から大きい瞳でじっと見つめながら断乎たる決意を示されるとどうも弱い。物言わぬ目の威力というのは、百のへらず口より強いのだ。言葉はそのまま軽く宙にとぶが、黙って見つめてくる目は心に迫るのだ。
七月七日
一つ家や願ひの糸をなびかせつ
『紅白梅』 願の糸=秋
一つ家や願ひの糸をなびかせつ
『紅白梅』 願の糸=秋
狭い庭に二、三本植えた竹がいつの間にか増えた。七夕の頃にはさやさやとそよぐ青竹
が何本もできる。
今から五十年前になる。その年の七夕の短冊に私は弟が欲しい、と書いた。十四歳まで
一人っ子で育った私はきょうだいに憧れ、とりわけ可愛い弟を欲しいと思った。七夕から
二カ月ほどたった頃、おふろに入っていた母がぼつり一言。
「うちに来年赤ちゃんが生まれるかもしれないのよ」
星に願いが聞き届けられたという思いをあれほど強烈に味わったことはない。
が何本もできる。
今から五十年前になる。その年の七夕の短冊に私は弟が欲しい、と書いた。十四歳まで
一人っ子で育った私はきょうだいに憧れ、とりわけ可愛い弟を欲しいと思った。七夕から
二カ月ほどたった頃、おふろに入っていた母がぼつり一言。
「うちに来年赤ちゃんが生まれるかもしれないのよ」
星に願いが聞き届けられたという思いをあれほど強烈に味わったことはない。
『日めくり汀女俳句』 邑書林
2020-08-14 09:02
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