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多摩のむかし道と伝説の旅 №45 [ふるさと立川・多摩・武蔵]

                  -伊奈の石工が江戸と往還した伊奈道を行く-2

              原田環爾


45-1.jpg さて旧宿場通りをうねうねと進み「鍵の手道」で左へ曲がると五日市街道に出る。右折して街道を西へ少し進むとバス停「伊奈新宿」がある。更に街道を数百m西へ進めば次のバス停「伊奈」がある。この辺りが新宿と上宿の境目という。バス停手前の北へ入る狭い路地が旧道で、入口に高さ1mばかりの石柱が立っている。石面には「塩地蔵尊 千日堂跡」と刻まれている。路地に入ると右手土手の上にその塩地蔵堂と享保14年造立の千日念仏供養塔、百番供養塔等がある。塩地蔵とは塩をお供えしその塩を身体の悪い部分に塗りつけると治るという信仰だ。45-2.jpg一方千日堂は昔の獄舎跡という。千日堂跡の右手には増戸会館が建っている。バス停「伊奈」に戻り街道の筋向いへ渡る。渡った所に恵比寿屋という老舗の菓子屋がある。街道沿いに上宿を数百m進めば次のバス停『伊奈坂上』に来る。そのバス停横の民家の庭先に趣のある石積みの祠が建っている。伊那の市神様だ。由緒書も設置されている。ここから数十m先に「新秋川橋東」の道標がある大きな新秋川橋が架か っている。この橋はUの字形に大きく蛇行する秋川を跨ぐ新道で、旧道は右手北側へ曲がりながら下ってゆく坂道だ。坂道は宮沢坂という。坂道の入口右に成就院という小さな寺がある。真言宗豊山派の寺で山号を竜澤山、文明元年(1469)の開創という。伊奈宿はこの辺りで終わる。
 Uの字形の秋川渓谷に沿って宮沢坂を下って行くと、左へ大きく曲がる辺りの道45-3.jpg路脇に大きな石の鳥居とその奥の山裾に社殿が建つ岩走神社に来る。伊奈と横沢の境に建つ旧伊奈村の鎮守だ。仁平2年(1152)、信濃国伊那郡から12名の石工がこの地に来て村を開き、故郷の鎮守戸隠大明神の分身を勧請したと伝える。はじめは岸三大明神といったが、寛政6年(1794)正一位を授けられ、以来「正一位岩走神社」と称するようになったという。昔は数十mもある杉の木の参道の奥にあったというが、昭和3年の道路改修で現在の様な道端になったという。
 45-4.jpg鳥居前からは旧道より一段低い所にある集落へ下って行く狭い分岐道がある。これが本来の古道だ。古道に入ると初め古い民家が目につくが進むにつれて瀟洒な落ち着いた住宅街となる。古道は渓谷の中腹を縫う小路で、右に民家、左に秋川渓谷の流れが見ながら進むことになる。集落の中程に来ると河原へ降りる道がある。下り降りて岸辺の岩に腰を下ろして渓谷の流れに目をやれば、疲れも吹き飛ぶ思いがする。(つづく)


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