SSブログ

ケルトの妖精 №32 [文芸美術の森]

コールド・ラッド・オブ・ヒルトン

           妖精美術館館長  井村君江

 イングランド北部、ノーサンバーランドのウェアー谷にヒルトン城がある。その台所には家事を手伝ってくれるが、気むずかしい妖精のプラウニーのような性格の幽霊が出没していた。
 むかし、ヒルトンの城主のだれかが発作的に殺してしまった厩番の少年の幽霊だといわれていた。けれど、やることといったらプラウニーのように夜なべ仕事だったし、少々つむじまがりで、いたずら好きでもあった。
 台所のものがかたづいていればめちゃめちゃに放り投げてしまい、散らかっていれば逆にきちんと並べるという天の邪鬼ぶりだったので、召使いたちは仕事を助けてもらって、ありがたかったり、迷惑だったりした。
 嵐の夜になると、コールド・ラッドが歌う声が風に乗って聞こえてきた。それはもの悲しく、うす気味の悪いものだった。

 ああ、悲しいな、悲しいな!
 ドングリの実は まだもって
 木から落ちて きやしない
 その実が芽を出し 木になって
 その木で 揺り籠こしらえて
 赤んぽ揺すって、眠らせて
 赤んぽ大人になったなら
 その人おいらを お払い箱さ

 召使いたちのあいだで、「この気味の悪い仕事仲間を、ドングリが樫の木になるまで、長いこと待つことはない、早くお払い箱にしよう」という相談がまとまった。
 もう出てこないようにするには、いい手があった。緑のマントとフードを贈ればよいのだ、ということをひとりが知っていたのだ。きっそく緑のマントとフードを用意して、暖炉のそばにおいた。
 コールド・ラッドはそれを見つけると、きっそく着てみて、朝一番鶏が鳴くすこし前まで、はしゃいで踊り歩き陽気に歌っていた。

 マントがあるぞ、フードがあるぞ
 ヒルトンのコールド・ラッドは
 仕事なんぞ もうしない!

それから、さっと戸外に消えたかと思うと、もう二度と出てこなくなった。

◆コールドというのは「冷たい」、ラッドは「少年」という意味だが、ふりむいてもくれない気取って冷たい少年のことではなく、温かい血の流れていない少年、つまり死んだあの世の少年のことである。
 旧家や特定の場所に住む小さい子どもという点では、日本の「座敷わらし」に似ているようだが「座敷わらし」が踊った話はあっても、その歌声を聞いたという話は伝わっていない。

『ケルトの妖精』 あんず堂

nice!(1)  コメント(0) 

nice! 1

コメント 0

コメントを書く

お名前:
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。