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日めくり汀女俳句 №63 [ことだま五七五]

七月二日~七月四日

        俳句  中村汀女・文  中村一枝

七月二日

ともづなも水も暮れゆく花あやめ
           『軒紅梅』 あやめの花=夏
 人の殆どいない高原の道で樹間から人の声が洩れてくる。急になつかしさがこみ上げる。山に行って東京の騒音や人混みと離れ、ほっとしているくせに、山道で人に逢うと急に愛想よくなる。よくぞ人間、人と人との間で生きる生きものぞと思う。
 私の住む東京の家はふつうの住宅街だが、それでも夜半、しーんと音のなくなる時があ
る。そんな時、突然、隣の家の階段をかけ上ったり下りたりのがたがた慌しい物音、次の
朝ゴミ出しに出ると、隣の奥さんが間の悪そうな顔で「夕べの音聞こえた? 三人の娘の
けんかに私もとびこんじゃった」。

七月三日

夜明けたり梅の実太るさ揺れつつ
          『芽木威あり』 実権=夏
 汀女が、終の棲家となった下北沢の家を建てたのは昭和十七年、太平洋戦争の真っただ
中であった。
 私が夫と出会って初めて下北沢の家を訪ねたのは昭和三十一年の正月である。
 俳人ってどんな家に住んでいるのかな? といった俗っぽい好奇心満々だった。駅まで
夫が迎えに出てくれて、家が駅から一分足らずの近い所なので驚いた。どこにでもある普
通のしもたや。玄関をあけると汀女が出てきて、ざっくばらんの応対に心和んだ。応接間
のルンペンストーブの火がとても暖かく思えた。

七月四日

梅ちぎりしかと隠れし一粒も
           『紅白梅』 実梅=夏
 雨の降り続いた梅雨の合間、久しぶりにテニスをした。帰りがけにふと足元を見ると梅
の実が幾つも落ちている。小ぶりだが、色のいい実は冬咲いていた紅梅のだ。拾い集めて
家でジャムを作った。蒸し暑い日の続くこの頃、梅ジャムの酸味は食欲をそそる。
 住宅地の真ん中に九面のテニスコート。周りはコートができた大正の終わりから樹木に
恵まれていた。土堤には春には蓬が。草餅を作ったことも。都会の中の小さな一隅だが、
そこで拾った梅で作ったジャムの味はまた格別。ささやかな幸せである。

『日めくり汀女俳句』 邑書林

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