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日本の原風景を読む №4 [文化としての「環境日本学」]

序 まほろばの里で イザベラバードの奥州路 1

  早稲田大学名誉教授・早稲田環境塾塾長  原 剛

 バードへの高まる関心

 一四〇年の昔、英国の旅行作家イザベラ・バードがたどった旅路への関心が、いま日本で高まっている。バードの紀行文はロングセラーとなり、『日本奥地紀行』(平凡社)は三〇版を重ねている。幅広い読者層の存在にもまして、この現象はツーリズムのセクターにとどまらない。出版、ジャーナリズムの特集記事、自治体、地域のキャンペーンにイザベラ・バードとその著『日本奥地紀行』がしばしば登場する。
 なぜ、今イザベラ・バードなのか。既に存在しない、近代化直前の日本人の多彩な営みを、その綿密な自然の風景描写とともに読み取ろうと努める動きが、バードブームの基本にうかがえる。この時代の地域社会の、普通の人々の日常の暮らしを日本人自身が記録することがほとんどなかったからである。さらに一連のバードキャンペーンの核心にあるのは、失われ、損なわれた「日本人の魂」「ふる里の営み」を顧みようとする意図ではないだろうか。
 それらは国家による殖産興国、富国強兵の国策、急激な近代化政策とは莫逆の地域住民の領域である。
 バードの旅の作法にも注目したい。バードについて多くの著書がある米沢市在住の作家、伊藤孝博さんは次のように指摘する。
 「バードは旅行する世界を、文献で調査して、深く知り、あらかじめ旅の対象を勉強して、開眼していくのではなく、旅の最初にあるがままの自分を置く。自分の人生に旅を重ね、世界に出会いその場その場で自分にとりこんでいく。そこで自分に出会って行く。旅をしながら自分に親しみ、自分の内面性に対していく。自分と出会っていく道程が『日本奥地紀行』の記録ではないだろうか」
 それは商品化された旅ではなかった。
 さいわいバードの旅路に描かれた「日本奥地」の、具体的な地名が連続して記述されている東北路で、今でもかってあったであろう風景の残像をとらえることができる。
 「イザベラ・バード感動の旅」は、既に世界への旅、とりわけロッキー山脈やチベットなど秘境への単独旅行を重ねていたバードの旅路の一部をたどり、彼女が過去の旅の経験と比較して、かっての日本のどのような風景を心に留めたのか、私たちの関心に連なるバードの視点を紹介する。

 高畠にみる原風景

 「文化としての蛍の灯」「田毎の月」は、バードが讃えた奥州路の人々が作り成す風景の地の原像を、バードの旅路にある山形県高畠町に訪ねた。高畠町の和田地区は一九七四年、『朝日新聞』朝刊に連載され、レイチェル・カーソンの農薬害告発の書『沈黙の春』に比肩された、作家有吉佐和子の『複合汚染』の取材現場でもある。
 バードは高畠で、明治政府の山形県令三島通庸による大規模な国道建設と電柱が連なる日本の近代化の風景を目撃する。現代のバードへの高い関心の背景には、近代化で得たものと失ったもの、とりわけ私たちが感じている漠然とした不安感、落ち着かなさの源はなにか、を理解したいとの望みがあるのではないだろうか。現代高畠の風景は、それらが何に由来しているのか、その一端を私たちに語りかけているように思える。
 高畠は一九九四年八月八目、筆者が『毎日新聞』の敗戦五〇年特別社説「生きる」に書いた「宮沢賢治の理想を求め!まほろばの里に共生する農」の取材現場である。ひき続き一九九八年から二〇〇八年まで、早稲田大学大学院アジア太平洋研究科で筆者が担当したゼミナール「環境と持続可能な発展」の、さらに二〇〇八年以降は早稲田大学環境学研究所早稲田環境塾のそれぞれの調査研究、合宿の場でもある。塾叢書『高畠学』(藤原書店)にこの間の試みをまとめた。
 「持続可能な社会の発展」の原型(prOt?宅の)を模索するため高白田を訪れた塾生たちは、人々の積年の営みが表現されている高白田の風景に、「内発的な社会発展」の原型像を共通して読み取っていた。「内発的発展」は本書の全体に通じる視点でもあるので、本書を理解していただく手がかりとして夏目漱石の内発的発展論を紹介しておきたい。

 夏目漱石の警告

 社会の発展型に内発と外発があることを、日本で最初に鮮明に指摘したのは夏目漱石である。漱石は明治四十四年(一九二年)八月和歌山市での講演「現代日本の開化」で次のように述べている。
   - 西洋の開化(すなわち一般の開化)は内発的であって、日本の現代の開化は外発的である。ここに内発的と云うのは内から自然に出て発展するという意味でちょうど花が開くようにおのずから蕾か仙れて花弁が外に向かうのを云い、また外発的とは外からおっかぶさった他の力でやむをえず一種の形式を取るのを指したつもりなのです。もう一口説明しますと、西洋の開化は行雲流水のごとく自然に働いているが、御維新後外国と交渉をつけた以後の日本の開化は大分勝手が違います。
   - 今の日本の開化は地道にのそりのそりと歩くのでなくって、やッと気合を懸けてはぴょいぴょいと飛んで行くのである。開化のあらゆる階段を順々に踏んで通る余裕をもたないから、できるだけ大きな針でぼつぼつ縫って過ぎるのである。足の地面に触れる所は十尺を通過するうちにわずか一尺ぐらいなもので、他の九尺は通らないのと一般である。私の外発的と云う意味はこれでほぼ御了解になったろうと思います。
   - 現代日本が置かれたる特殊の状況によって吾々の開化が機械的に変化を余儀なくされるためにただ上皮(うわかわ)を滑って行き、また滑るまいと思って踏張るために神経衰弱になるとすれば、どうも日本人は気の毒と言わんか憐れと言わんか、誠に言語道断の窮状に陥ったものであります。
 明治四十四年の社会状況の分析とは思えない。現代日本人のたたずまいに通底する漱石の透視眼である。「現代日本の開化」は高畠の人々の営みと自然と文化、すなわちこの土地に表現されている風景を解読する参考になるであろう。


『日本の原風景を読む―危機の時代に』 藤原書店

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