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ケルトの妖精 №29 [文芸美術の森]

 ボガード

           妖精美術館館長  井村君江

 むかしヨークシャーに、ジョージ・ギルバートソンという農夫がいた。働き者の一家だったから暮らし向きもほどほどにたっていたし、子どもにも恵まれて、なにひとつ不足がないようにみえた。ところが、あることでほとほと困りぬいていた。
 ジョージの家には、全身が黒く毛でおおわれていて暗いところが好きな習性のボガードが住みついていたのだが、いたずらや悪さが、最近度を越してきたからだった。畑の作物を倒してしまったり、収穫して束ねた麦をばらばらにしてしまったり迷惑このうえもなかった。
 まだこんなにいたずらがひどくないときは、ボガードはエルフ・ボアと呼ばれる妖精の穴にひそんでいて、子どもたちの遊び相手になっていたりもした。エルフ・ボアというのは木の戸棚や板壁などの節穴のことなのだが、そこに靴べらをさしこむと、押しもどすように靴べらがピンと飛びでるので、ボガードの仕業だとわかってしまうというわけだ。
 子どもたちがおもしろがって、その靴べら遊びをしているうちはよかったのだが、そのうちに子どものパンをひったくったり、おかゆの椀をひっくり返したり、あげくの果ては、大事な農作業にも支障をきたしたりするようになってしまった。
ボガードの悪さがあまりひどくなっていくので、とうとうジョージとおかみさんは長年拝んできた家を捨てて、引っ越しをすることに決めた。
「いい家だったんだがな」
ジョージは名残惜しそうにつぶやくと、荷車に家財道具のいっさいがっさいを積みこみ、いよいよ出ていこうとした。
 隣の家のジョンが、気の毒そうに、
「そいじゃ、とうとう行っちまうんだね、ジョージ」
 と呼びかけた。
「まあ、そういうこった、ジョン。ごらんのとおりのありさまさ」
 すると、ジョージの言葉を繰。返すように荷車の上のミルク缶のなかから声がした。
「そういうこった、ジョン。ごらんのとおり引っ越しさ」
 ボガードが一緒についてくるのなら、どこへ行っても同じことだ。
 かわいそうに、ジョージの一家はよそへいくのを止めてしまった。
 それからはもうあきらめて、ボガードがいたずらにあきてどこかに行ってしまうのを、ひたすら待って暮らしていたということだ。
 ところで、ボガードとよく似た妖精ボギーを、農夫がみごとに撃退してしまったという証がある。知恵くらべを挑み、ボギーを負かしてしまったのだ。
 ボギーがその農夫の畑を自分のものだと言いはって、ふたりは畑から収穫される作物をわけることで話が決まった。
 最初の年、種をまくときに農夫がボギーに開いた。「どっちを選ぶ?作物の上と下でさ」
すると「下だ」とボギーが言ったので、農夫は小麦を植えた。
 ボギーには切り株と根っこしか手に入らなかった。
「こんどは、上を選んでやらあ」ボギーが言ったので、農夫は翌年はカブを植えた。
 ボギーの手に入ったのは葉っぱばかりだった。
 「来年は麦を植えることにしよう。麦が実ったら刈り取り競争をするんだ」
ボギーが言った。農夫は麦が実ると、ボギーの畑には細い鉄の棒をそっとさしこんでおいた。半時間もたたないうちに、ボギーの大鎌の刃がこぼれてしまった。
「そろそろ、ごしごし鎌を研ぎにかからないか」とボギーは農夫に声をかけた。
「いや、まだまだ」とせっせと麦を刈り取りながら、農夫は答えた。
 すると、ボギーは、
 「それじゃ、おれの負けだ」
 こう言って無念そうにひと声叫ぶと、姿を消してしまったということだ。

◆ 家についている妖精の仲間には、プーカやプラウニーといった妖精がいる。気が向くと台所の皿洗い、粉挽きなど仲間の手伝いをするが、天の邪鬼だから虫の居どころが悪いと、逆にかたづいているものを散らかしてしまったりする。そしていたずらや悪さばかりをして品行が悪くなると、ボガードに下落してしまうのだ。これがもっと成りさがると、ボーグルとかボギーに転落していき、さらにのろまで単純なものはドピーと呼ばれることになる。
 ボギーは全身が黒くて暗いところが好きなので、いまのイギリスの子どもたちがボギーというと、鼻の穴の暗い奥に入っている鼻くそのことになる。


『ケルトの妖精」 あんず堂


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