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日めくり汀女俳句 №60 [ことだま五七五]

六月二十三日~六月二十五日

        俳句  中村汀女・文  中村一枝

六月二十三日
炊煙(すいえん)と湧(わ)く夏雲と相交り
             『汀女句集』 夏雲=夏

  私の飛行機嫌いは病膏肓のロである。私の家は羽田に近いので、飛行場を離着陸する飛行機が、食事をしながらもとてもよく見える。その度に空の上につっかえもなくよく浮いていると感心している始末だ。四十年来パリに住む幼友達が、
 「あんただけよ。フランスに来ない人は、どうなってるの」と笑う。
 この宇宙時代に、飛行機に乗れないのはそんなに時代遅れか。熊本だって飛行機なら日帰りできると言われた。
 昔、汀女に飛行機が怖いと言ったら、はは、ははと豪快にいなされた。しょせん器の違いである。

六月二十四日
あるときの我をよぎれる金魚かな
             『汀女句集』 金魚=夏

 汀女は推理小説が好きだった。よく読んでいた。夫が病気見舞にと何冊か束にして持っていくと、「ああ、これ読んだわ。これ面白いのよ」いつの間にか読んでいる。「チャンドラっていいわね。湖中の女、ありや面白かった」と言う。
 ハードボイルドが好きなのも意外だが、私立探偵フィリップマーロウと、中村汀女の組み合わせも予想外だった。
 「私ね、実は一番最後のところを先にあけて読んじゃうの。結末が判ると安心するじゃない」
 同じようなことをしていた私はうれしくなった。
 
六月二十五日
田植笠紐結(ゆわ)へたる声となる
             『汀女句集』 田植=夏

 田植とか、稲刈りとか、麦踏みとか、そういう農業に関する言葉一つ実感のない都会っ子だった。疎開のための移転先は、伊豆の伊東温泉として知られた観光地。住居は、町を縦断する川をさかのぼった田園の中の一軒家である。家から出ると、前も後ろも水田。これが又大層もの珍しく、蛙の声をはじめて聞いた時は、何の音かと思ったくらいだ。
 田圃の中のあぜ道は子供一人がやっと通れる幅で、毎朝、そこを通って学校へ通った。
 東京では雪さえこわく、海に行けば波も又こわいという超臆病者は、いつか掌の上に青蛙をのせて楽しめるようになっていた。


『日めくり汀女俳句』 邑書林

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