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コーセーだから №63 [雑木林の四季]

コーセー創業者・小林孝三郎の「50歳 創業の哲学」  24

          (株)コーセーOB  北原 保

大きい経営者夫人の援助
陰にかくれた偉大な功績

まじめな経営者

 経営者というのは並の人間ではない強い意志とくせのある性格をもち、いつも自分の仕事に生き甲斐を感じている人間である。その人間形成は少年、青年時代にほぼできあがるといわれている。一流の経営者が逆境や耐乏に強いのもその性格の一端のあらわれである。
 コーセーの小林孝三郎社長も、仕事熱心でコリ性、これと思ったことはやり通す。通常人とはちょっと違うところがある。東洋堂時代から親しい仲である小林香料の小林鍵次郎社長の言によると「コーセーの社長は日本酒が好きだが、今だかつてバーとか料亭にあがったのをみたことがない。真面目といったらこんなに真面目な経営者もいないんじゃないか」とうなずく。
 事実、外国部の社員の話だと、外国の賓客がやってきても小林社長のつき合いは食事まで、終わるとサッと帰ってしまう。あとは部長クラスが酒席に客人をもてなすことになってしまうそうだ。
 「いや、戦前は全国をセールスして回ったので、お酒も相当いけたし、おつき合いも商売柄相当やったものです。しかも1カ月のうち20日以上家を空けていたので兄嫁は近所づき合いから子供のことなど一般の家庭の主婦とは違った苦労があったんじゃないか」と弟の聰三専務が口をはさむ。
 昭和30年(1955年)正月に小林社長は練馬区石神井に居をかまえた。社長にすれば妻きんさんの身体を考えての移転だったが、元旦、社長宅に幹部社員が勢揃いするのがならわし、「おめでとう」の挨拶がすむと酒宴がひらかれる。接待はきんさんの仕事。「早々から粗相があっては」と病身にむち打って社員をもてなしていた。
 「正月というと温泉旅行などをして楽しむというのに、うちでは逆に「正月ほど忙しいというわけで、妻には苦労をかけた。これもやはり、会社のことを思えばこそのことであって、その正月の勢揃いは幹部社員にとっても私にとっても『この一年を』という気魄のこもった集まりだったんです」
 小林社長は「妻を偲びて--あやめは匂う」にこう書いているが、事実、コーセーが成長すればするほど、きんさんは多忙になった。
 が、後年になって病床にふすまで、社長にはそんな素振りすらみせなかったという。
 小林香料の小林鍵次郎社長も、アルビオン社長だった櫟原文雄氏も口を揃えていうのは「社長も立派だが、奥さんも立派な人だった。あの戦後の食糧難時代、客がくるとやりくりしてご馳走をしてもてなし、かならずおみやげをもたせていた。本当にダイヤモンドでももらったほどうれしかったものですよ。仕事には一切口を出さないが、うちのことは万全だったのですね」という。小林家を訪れた社員たちはその母親のような広さにすっかり夫人ファンになったほどだ。
 小林きんさんは昭和40年(1965年)8月31日に持病の腎盂炎がもとで、ついに帰らぬひととなった。が、逆境に強い小林社長もこの時ばかりは3カ月間茫然自失したという。ちょうどその頃昭和39年(1964年)からの不況の嵐が吹いていた。コーセーは取り引き銀行の退職社員を幹部として迎え入れ管理部長を担当させていたことが原因になって、「コーセーは銀行管理になった」というデマが広がり、商売がたきの好材料になった。また、一部の幹部の手違いから返品取り替え自由という営業政策が打ち出され、その結果、返品が大量に返ってきて入金減少につながるという大変な時期であった。
 小林社長は妻きんさんのお通夜の日、焼香にきた社員たちに「逆境をはね返そう」と誓った。それがコーセーと共に生きた妻へのせめてもの供養と思ったという。小林社長はきん夫人の思い出をこめて「妻を偲びて--あやめは匂う」という小冊子を編んだが、一人暮らしの夜、ふとそれを出して読むとき50年の歳月がよみがえってくる。
 経営者の妻は、とかくその陰にかくれて、その人柄すら知られない。が、実は経営者の一番近くにいて日々の援助の手をさしのべているのは『妻の座』である。アメリカのある社長がいみじくもいったもの「私は妻と合衆国大統領の二人以外は誰からも邪魔されない」と。小林社長はコーセーの発展にきん夫人の援助の大きかったことをいまさらのように気が付いたという。
 孤影が濃い経営者を力づけてくれるのは、そこはかとない妻の情愛であるという一事をみせつけられた想いがする。
                                        (日本工業新聞 昭和44年11月6日号)


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小林孝三郎・きん夫妻の結婚は1924年1月11日。前年に起きた関東大震災で延期を余儀なくされたという。
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1958年6月29日の還暦を祝う会で。右から2人目が小林孝三郎社長、左隣が弟の小林聰三専務。
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夕涼みをする小林孝三郎・きん夫妻(1960年)

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