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ケルトの妖精 №26 [文芸美術の森]

ヘッドリー・コウ

           妖精美術館館長  井村君江

 むかし、エブチェスター近くのヘッドリー村に、貧乏なおばあさんが住んでいた。貧しいうえにひとりっきりの暮らしだったが、このおばあさんは楽天家で、いつも楽しそうだった。
 人に頼まれて使いに出たり、人のいやがるつらい仕事をよろこんで引き受けたりしては暮らしをたてていた。
 おばあさんには、「あたしゃ、運がいいんだ」と思えない日は一日とてなかった。
 ある夕暮れどきのこと。おばあさんは用たしを終えて、「今日も仕事が早くすんだ。運がいいね」と、すたすたと帰り道を急いでいた。
 と、古い壷が道ばたに転がっているのが目に入った。
「こんなところに、どなたさんがおいていきなすったのかね。きっと穴があいちまっているだろうけど、花活けぐらいには使えるだろうよ」と、壷を持ちあげようとして、驚いた。穴があいているどころか、なかには金貨がいっぱい詰まっている。重くて持ちあがらないので、肩かけをはずしてその端を壷に結びつけると、「よっこらしょ」と引きずることにした。
「あたしゃ、つねづね運がいいとは思ってたけど、やっぱりね。こんなにたくさんの金貨、どうやって使ったらいいのかねえ。水差しも、羽ぶとんも、肉だって買えちまうさ。だけど金貨を眺めているのもいいものだろうから、一枚くらいは残しておくかね」
 金貨の使いみちを、あれこれ考えながら歩いていくと、急に腕が重くなった。ふりかえってみると、壷は影も形もなくて、代わりに大きな銀の塊が肩かけに結びつけられている。
「おやまあ、金だと思ってたけど、銀だったのかね。でも金貨はとかくめんどうのタネになるからね、小銭にしやすい銀のほうが、使い勝手がいいってものさ」
 おばあさんは、銀の塊を売って何を買おうかと、またしても楽しい夢を描きはじめた。
 と、またまた腕が重くなった。ふりかえると肩かけに結びつけられているのは、こんどは錆びた鉄の塊だった。
「銀じゃなく鉄だったのかね。重かったはずだよ。でもこのほうがいいのさ。銀を売ったりするとご近所がうるさいけど、古鉄ならすぐに小遣いになるもの、ありがたいことさね」
 おばあさんは「あたしゃ、運がいいね」と、いっそう元気を出して、鉄の塊を家まで運んできた。さて家のなかに入れようとふりかえると、肩かけに結びつけられているのは、ただの丸い石ではないか。
「おや、これは石だったんだね。でも、ここまで運んできてから気がついてよかったよ。はじめっから石とわかってたら、わざわざ運んできたりはしないもの。この石で畑の門をきっちり閉めておけば、ニワトリやブタが入ってきて、荒らすこともなかろうよ。金貨よりずっとと使いみちがあるってものさね」
 そこで、おばあさんが石を動かそうと、さわったとたんに、それはふにゃふにゃと動くやわらかいものに変わった。暖かみさえある。さすがのおばあさんも、腰を抜かさんばかりに驚いた。
 その石から四本の足が出てきて、すっくと立ちあがったかと見るまに、毛深く長い尾をふり、飛び跳ね、ケケケと笑い声をたてて、どこかに消えてしまったのだ。
 おばあさんはあきれてそれを眺めていた。それでもやっぱりきげんがいい。
「おやおや、話には聞いてたけど、これがヘッドリー・コウだね!一日じゅうヘッドリー・コウを引っぼりまわし、あっちこっち転がしまわしていたわけだ。あたしゃ、なんて運がいいんだろう。この年になってヘッドリー・コウに会えるなんて、こりゃすごいことだね」
 と、おばあさんはいつまでもにこにこしていた。

◆ ヘッドリー・コウはいたずらが大好きで、ミルク桶をひっくり返したり、乳しぼりの少女を踊らせたり、バター絞り機のなかに座っていたり、農家の仕事に迷惑をかけたりすることを楽しんでいるようだ。ヘッドリー・コウに変身の術があることはおばあさんをだましたことでもわかるが、子牛や子馬、羊などに似た四本足の動物に化けることが好きなボギー・ビーストの一種である。
 それにしてもこのおばあさん、いたずらされるのを楽しんでいたようで、ヘッドリー・コウにとっては、だましがいがなかったというわけだ。

『ケルトの妖精』 あんず堂

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