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日めくり汀女俳句 №56 [ことだま五七五]

六月十一日~六月十三日

        俳句  中村汀女・文  中村一枝

六月十一日
蜘昧歩むからだを揺すり月の窓
            『都鳥』 蜘妹=夏

 去年山荘の庭木の伐採をした。八ヶ岳南麓にあたるこの地はからまつ、どうだん、こなしなどが点在する明るい土地柄だった。それが三十年余たってみると、緑豊な森になり、
家の中に座って毎日森の中にいる気分を味わえた。木の成長で花がへった。思い切ってからまつを十本近く伐って貰った。
 今年、それまで気づかなかったどうだんに沢山の花がついている。ベニサラサどうだん、サラサどうだん、都会で見るのとは違ってどれも見上げるような大木ばかり。目をこらすと鈴が並んだように可愛い花がついている。ここを美鈴地区と呼ぶいわれがやっと判った。

六月十二日
昼顔やいつかひとりの道とれば
            『薔薇粧ふ』 昼顔=夏

 女性の中には決して自分の年を明かさない人がいる。年齢不詳にしておきたい気持ちは誰にもある。まして女性に年齢をたずねるのは失礼だと言うのは常識だろう。
 いつだったかタクシーの運転手から「奥さんは六十くらいにお見受けするけど……」と言われ、ひどくがっかりした覚えがある。
 日ごろ年を隠すことは嫌い、年齢は生きてきた自分史と思っている私でも、正面切って本当のことを言われると、渋いお茶をひと口すすったような気持ちになるものなのだ。自然に生きるってむずかしい。

六月十三日
梅の実のいま少しほどふとりゐき
             『春雪』 実梅=夏

 今時分になると汀女の、下北沢の家の庭にあった梅を思い出す。
 ひとしきりの雨の降り続いた後、ぱっと射しこんだ光の中に黄色い梅が落ちていた。それで作る梅ジャムは舌がしびれるほど酸っぱい。酸っぱいものの好きな私にはこたえられない味だった。
 去年散歩の途中、人っ気のない駐車場に放置されていた梅の木、通る度に落ちている実を拾って梅ジャムを作った。鍋でかきまわしているとふと今は形を留めない下北沢の家がなつかしかった。その駐車場も今年は分譲地に整地されてしまった。

『日めくり汀女俳句』 邑書林

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