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ケルトの妖精 №24 [文芸美術の森]

ファウル・ウエザー 2

           妖精美術館館長  井村君江

 領主は思案をまとめようと、また森に出かけてみた。考えながら歩いていると、領主の耳をつんざき、山を震わせるような音が響いた。領主が音のするほうに目を向けると、目の前に洞窟があって、その奥で赤ん坊が泣きわめいている声だとわかった。それから母親のものらしい、赤ん坊をあやす声も聞こえてきた。
 その声は、こう歌っていた。
「泣かないの坊や、静かにおしよ
 そうすりやね、おまえの父さん
 ファウル・ウェザー
 あしたはお家に帰るでしょ
 領主の心臓、おみやげに」
 それは、しわがれたいやな声だったけれど、領主の耳にはすばらしい音楽のように聞こえた。
「ファウル・ウェザーだ。これがあの老人の名前だ」
 領主は息せき切って町まで戻った。見あげると、あの小さな奇妙な老人がいちばん高い塔の上に風見鶏をつけようとしているところだった。もう大聖堂は完成していて、これが最後の工事だった。
 領主はのどから出せるかぎりの大声をはりあげて、
「風見鶏は塔の上にまっすぐにつけてくれよ、ファウル・ウェザー」
 と叫んだ。
 領主のその声が小人の老人にとどくと、老人はまっ逆さまに塔のてっぺんから落ちてきた。そしてガラスのように、こなごなに砕けてしまった。

◆ この話は、日本の「大工と鬼六」の話とよく似ている。鬼が「橋をひと晩で架けてやるかわりに、名前を当てるか目玉をよこせ」と、大工に約束させる。
大工もこの話と同じように、「はあやく鬼六、目玉もってこばええな」という、洞窟から聞こえる鬼の子たちの歌声を偶然聞いて、「鬼六」という名前を言い当てると、鬼は消えていなくなってしまう。
 糸を紡いだお礼に、「名前が当てられなければ、お嫁さんになれ」というトム・ティット・トットも、同じく名前を当てられて消えてしまう。ホイッテンハムの村にさまよっていた洗礼を受けずに死んだ子どもが、酔っぱらいにショートホガーズ(赤ちゃんの靴下「タータちゃん」)と呼ばれ、「名前ができたぞ!」と喜んで、それから二度と現れなくなったという話もある。
 名前にはとくべつの呪力があるということは、世界各国の伝承物語のなかに数多く見いだせる。

『ケルトの妖精』 あんず堂

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