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日めくり汀女俳句 №54 [ことだま五七五]

六月五日~六月六日

        俳句  中村汀女・文  中村一枝

六月五日
短夜(みじかよ)のほそめほそめし灯のもとに
               『春雪』 短夜=夏

 夏がくると決まって読みたくなるのが、コレットの「青い麦」。
 初めて読んだのが中学三年の時。その頃の少女雑誌「白鳥」に北畠八穂訳で出ていた。
 ヴァンカとフィル。十五歳と十六歳の少年と少女は、避暑地の海岸で子供の時から家族ぐるみの交際だ。思春期真っただ中の二人の揺れ動く心と激しい慕情、少年のゆらぎ、少女のひたむきさ、そして二人は大人になっていく。
 初めて読んだ時は終始胸がドキドキし顔が火照った。今はゆるやかな波のようななつかしいときめきがもどってくる。夏の夜におすすめ。

六月六日
若葉冷(わかばひえ)高きにのみや山の蝶
             『紅白梅』 若葉冷=夏
 六月初めの高原、樹の芽ぶきが始まる。とりわけカラマツの芽ぶきの愛らしさが心に残る。
 私が八ヶ岳南麓の高原に小さな小屋を建てたのは十三年前。元々三十年近く前からここを気に入って通い続けた。JR野辺山駅から主峰赤岳に連なる山々がその豊かな表情をみせてくれる。標高一六〇〇メートルの高原、空気の透明感は抜群である。
 一昨年、がん最前線から帰還することのできた友人がいる。退院後、高原で一カ月近く静養、一日ごとに森の気が体に生を与えてくれたという。

六月七日
なほ北に行く汽車とまり夏の月
            『汀女句集』 夏の月=夏
 野辺山駅は1R最高地点の駅として知られる。標高一三四五メートル。ここを走る小海線は二輌編成ののどかな電車である。何年か前までは手動式のあけしめできる窓だった。電車すれすれに山の木がふれ合う。窓をあけただけで森の匂(にお)いがたちこめた。
 今は一枚ガラスの、景色はよく見えるが、自然の風の絶えてしまったのが寂しい。沿線の清里は高原の原宿と言われる。野辺山は高原野菜と牧畜ひと筋、三十年来ちっとも変化のない駅前の、ひなびた景色が心を和ませ、ふくらませてくれる。


『日めくり汀女俳句』 邑書林

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