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西洋美術研究者が語る「日本美術は面白い」№29 [文芸美術の森]

                             シリーズ≪琳派の魅力≫

          美術ジャーナリスト  斎藤陽一

          第29回:  酒井抱一「夏秋草図屏風」 その1 
(1821年頃。二曲一双。重文。各164.5×181.8cm。東京国立博物館)

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≪江戸琳派≫

 今回から3回にわたって、酒井抱一の代表作品「夏秋草図屏風」を見ていきたいと思います。

 酒井抱一(1761~1826)は、尾形光琳からおよそ100年後の江戸で、光琳を再評価、顕彰し、自らも「琳派」の継承者となった絵師です。抱一には多くの弟子たちがおり、総称して「江戸琳派」とも言われます。

 これまで何度かお話ししたように、「琳派」というのは、直接の師弟関係もなく、また、血縁関係もなく、異なる個性を持った者たちが、時を隔てながらも、ただ先達の様式に魅了され、「私淑」という形で脈々と継承されてきた美の系譜を言います。

 大きく掴めば、まず桃山時代から江戸初期にかけて俵屋宗達と本阿弥光悦が活躍し、そのおよそ100年後の京都において、尾形光琳が宗達、光悦に「私淑」してその美意識を継承しつつも独自の美の世界を開拓、さらに、光琳没後100年の江戸で、酒井抱一らが光琳の美学を受け継ぎつつ、これまた独自の美を表現するにいたった、という流れです。(下図参照)

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 これに関連して、下記の図も見てください。

29-3.jpg これは、俵屋宗達、尾形光琳、酒井抱一それぞれの「風神雷神図屏風」です。すなわち、尾形光琳は、宗達の「風神雷神図」を写し、酒井抱一は、光琳の「風神雷神図」を模写しているという次第です。
 言わば、酒井抱一は、尾形光琳を通して、琳派の先駆・俵屋宗達の美意識につながっているのです。まことに「風神雷神図」は「琳派」を象徴する絵画ということになります。


≪「風神雷神」と「夏草秋草」の響き合い≫

 さて、今回紹介する「夏秋草図屏風」は、酒井抱一の代表作であり、抱一の美意識と感性をよく伝える作品です。じっくりと見ていきましょう。

 これが描かれたのは江戸時代後期、文政4年頃(1821年頃)、酒井抱一61歳頃です。「二曲一双」という、俵屋宗達(「風神雷神図屏風」)以来、「琳派」が好んで継承する形式の屏風絵であり、右隻と左隻の対比を強調するのに適したスタイルです。

 この「右隻」に描かれているのは、夕立に打たれてうなだれている「夏草」です。一方、「左隻」には、「野分(のわき)」すなわち秋に吹く強い風になびく「秋草」が描かれています。
 この屏風では、右から左へと、夏から秋への季節の変化を表わしています。このような右から左にかけて季節や時間が移っていくという表現様式は、屏風や絵巻物など、日本絵画の特質のひとつです。

 ところで抱一のこの屏風、現在は、独立したひとつの屏風として、東京国立博物館に収蔵されていますが、描かれた当初は、何と、他の屏風絵の「裏」に描かれたものでした。
 では、「表」に描かれていたのはどんな絵だったのでしょうか?

29-4.jpg それは、尾形光琳が描いた「風神雷神図」でした。表に描かれていたこの絵も、現在は切り離されて、別々の屏風として、同じく東京国立博物館に収められています。

 右図をご覧ください。このように、もともと「表」には尾形光琳の「風神雷神図」が描かれていましたが、その「裏」に酒井抱一は「夏秋草図」を描いたのです。

 しかも、酒井抱一は、表絵の「風神」、「雷神」それぞれに対応するように、「夏草」と「秋草」を描いています。(下図参照)
 すなわち、表の「雷神」の位置の裏にあたるところに「夏草」を ― これは、雷神がもたらした雷雨に打たれている夏草という趣向です。夏草の上部に描かれているのは、夕立の去った後、地面を流れる「潦水(にわたずみ)」です。
 一方、表の「風神」の裏にあたるところには「秋草」が ― こちらは、風神がもたらした秋の野分に吹かれてなびく秋草の風情が描かれています。

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 抱一のこの絵には、他に、いくつもの「対応」と「対比」が仕掛けられています。たとえば:

  ◇光琳の絵の「金地」に対する「銀地」
  ◇天上の存在である「風神雷神」に対する地上の「草花」
  ◇風神雷神のひるがえる衣の曲線に呼応する「潦水(にわたずみ)」の曲線
  ◇雷神の赤い連鼓に対応する紅葉した蔦の葉
  ◇ともに「扇形構図」・・・などです。
 
 このようないくつもの仕掛けによって、表裏一体に響き合っているというわけです。酒井抱一の卓抜な構想力が示されていますね。
 では、なぜ、尾形光琳作の屏風の裏に、抱一が別の絵を描くなどということが出来たのか?これは、抱一の生い立ちとともに、次回にお話しします。



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